ライバル店の敏腕パティシエはスイーツ大好きな彼女を離さない〜甘い時間は秘密のレシピ〜

「お待たせしました」
 
 お茶を淹れ控え室へ戻ると、愁さんがお皿を用意してくれていた。
 部屋には、ふんわりとしたどら焼きの甘い香りが漂っている。

「どうぞ、淹れたてです」

 湯呑みを差し出すと、愁さんは「ありがとう」と受け取り、一口啜った。
 私もどら焼きを手に取り、そっと口に含む。
 しっとりとした皮の優しい食感と、口の中でほどけるような餡の甘さが広がった。

「ねえ、天音さん。隠し味のことだけど」

 お茶を啜るタイミングで、愁さんが口を開く。

「はい」
「天音さんの言うとおり、やっぱり難しくしすぎない方がいいと思うんだ」
「そうですね」

 素直に同意する。風間さんがどの程度の味覚の持ち主かはわからないけれど、意地悪になってしまうほどの難易度は避けた方がいいだろう。

「チョコレートを微量混ぜようと思ってるんだけど、どうだろう?」
「いいと思います。実際、味わってみないとわかりませんが……」

 どら焼きをもう一口食べながら考える。
 オレンジとチョコレートの相性は抜群だ。カカオのほろ苦さが、柑橘の爽やかさを引き立てる。
 ただ、加える量を間違えれば、チョコの風味が強すぎてバランスを崩してしまうかもしれない。

「うん。じゃあ、次の時に試してみて、最終確認しよう」

 愁さんはそう言うと、どら焼きを一口かじった。
 私もつられるように、もう一口かじる。
 風間さんにいただいたものだけど、やっぱり古都屋のどら焼きはおいしかった。