ライバル店の敏腕パティシエはスイーツ大好きな彼女を離さない〜甘い時間は秘密のレシピ〜

 そうして、私たちはシャテーニュのスタッフ控え室へ移動した。
 テーブルにどら焼きの箱を置いてふたを開けると、まあるいどら焼きが八個、個包装されて入っている。
 愁さんは、それを一つ手に取ると、私をじっと見てくる。
 
「なにか勘違いしてない?」
「なにをですか?」

 どきりと心臓が跳ねる。
 
「風間さんのこと」
「や……やだなぁ〜。してませんよ……お仕事ですよね?」
 
 笑って誤魔化すものの、内心の動揺は隠せない。
 思わず、問い返す声が少し上ずってしまう。

「そうだ! 今日は私がお茶を淹れます。いつもご馳走になってるので」
「そう? じゃあ、お願いしようかな」
 
 慌てるように話題を変え、厨房へ向かった。
 
「やかんはこれを使って」
 
 愁さんが後ろからついてきて、道具の場所を教えてくれる。
 急須や湯呑みの位置、茶葉の種類まで、一通り説明を受けると、愁さんは「じゃ、頼んだよ」とスタッフ控え室へ戻っていった。
 
(これ以上突っ込まれなくて良かった)

 ほっと胸をなで下ろしながら、お湯を沸かす準備をする。
 静かに火をつけて、やがて立ちのぼる湯気をぼんやりと見つめた。
 まだ少しざわつく気持ちを落ち着けるように、ゆっくりと深呼吸する。
 だけど、さっきの愁さんと風間さんが並ぶ姿が、頭から離れない。
 わかってる。きっと風間さんは、シャテーニュの出店を頼みに来ただけ。

 でも──。

 風間さんの笑顔が、とても楽しそうだったのは気のせい?
 愁さんの表情が、やわらかかったのは偶然?
 そんなの、気にするほどのことじゃない。わかってる。わかってるのに……。

 どうしてこんなにも胸がざわつくんだろう。
 だって、本当の恋人でもないのに。
 こんな気持ちのままじゃだめだ、と雑念を追い払うように頭を横に振る。

 やかんの中で小さく泡が鳴った。
 言葉にならない気持ちが泡のように、静かに溢れては消えていくみたいだった。