ライバル店の敏腕パティシエはスイーツ大好きな彼女を離さない〜甘い時間は秘密のレシピ〜

「無難なところでは、チョコレートですかね……?」
「それも、簡単すぎないかな?」
「お相手の方が、洋菓子に明るい方ならいいのですが……」
「食べるのも好きだし、趣味で作るのも好きだと言っていたな」

 その言葉に、思わず肩をぴくりと震わせる。
 
「へ、へぇー。お会いしたことあるんですね」

『お見合いさせられそう(・・・・・・)』だなんて言っていたのに、すでに顔見知りなんだ。
 
「出店の話が出た時に、仕方なく、ね。綺麗な人ではあったけど……」

 愁さんの言葉に、心の中がざわつく。
 気になりながらも深く聞けず、私はコップの水を一口飲んで視線を落とす。

「今日はここまでにしようか。次は隠し味を考えよう。ちょっと待ってて報酬のケーキセットを持ってくるから」

 愁さんに言われて壁の時計を見ると、すでに遅い時間になっていた。
 沈黙が流れる中、愁さんがケーキとコーヒーを運んでくる。
 今日の報酬のケーキセットは、レアチーズケーキとグアテマラ産コーヒー豆を使ったカフェオレ。
 夜も遅いためか、マイルドなものを選んでくれたようだ。厨房の作業台にケーキを置き、二人並んで食べる。
 今日もおいしかったけれど、先ほどの風間さんの話が気になって、愁さんとスイーツ談議する気にはなれなかった。
 その気持ちが顔に出てしまっていたのか、愁さんが心配そうにこちらを見てきた。

「どうしたの? もしかして、おいしくなかった……!?」
「ち、違います。ごめんなさい、ちょっと疲れたみたいで……」
「ああ……。こっちこそごめん、気がつかなくて……。もう夜も遅いからね。駅まで送っていくよ」

 愁さんの優しい気遣いに少しだけ心が軽くなった気がした。
 シャテーニュを出ると、夜風が涼しく肌を撫でていく。昼間の蒸し暑さが嘘のようだ。
 並んで歩く愁さんの足音が心地よく耳に響く。
 ふと見上げると、夜空には薄い雲がかかりながらも星が瞬いていた。