ライバル店の敏腕パティシエはスイーツ大好きな彼女を離さない〜甘い時間は秘密のレシピ〜

「んー……クリームに何か香りを足すのはどうでしょうか? 少しさわやかな感じに……」
「なるほど、具体的には?」
「ええと……例えば、柑橘系の風味を少しだけ加えてみるとか。オレンジの皮をほんの少し入れてみたら、クリームが軽くてさっぱりした感じになりそうです」

 私のアイデアを聞くと、愁さんは軽く頷いておろし金(ゼスター)を取り出した。
 目の細かい、長めのゼスターで、チーズのおろし金に似ている。
 これならオレンジの皮をすぐにきめ細かくすりおろせる。

「じゃあ、さっそく試してみようか。天音さん、手伝ってくれる?」
「はい、もちろん!」
「オレンジを削ったことはある?」
「はい。お店の手伝いはよくしているんです」

 愁さんは、私の隣で生クリームの準備を始めた。
 私は、まな板の上に斜めにゼスターを持ち、ゆっくりとオレンジをすりおろしていく。
 白い部分が入ってしまうと苦くなってしまうため、優しく優しく、回転させながら。

「手慣れているね。パティシエールにはならないの?」
「私は、食べる方が好きなんです!」
「天音さんらしいね」
 
 くすり、と笑われてしまった。でも、その笑顔は優しい感じがして、嫌な気分はしなかった。