ライバル店の敏腕パティシエはスイーツ大好きな彼女を離さない〜甘い時間は秘密のレシピ〜

 数日後、私と愁さんの秘密のレシピ作りが始まった。
 場所は閉店後のシャテーニュだ。夜七時に店じまいをして、後片付けをして他のスタッフさんが全て帰った後の、夜八時ごろになる。
 私も、ファリーヌを手伝っているとそれくらいの時間になるので、ちょうどいい。

「足は、もう大丈夫なの?」
「はい、おかげさまで。先日は、送ってくださってありがとうございました」

 あれから、捻挫は三日で治った。
 自分の間抜けさにはほとほと呆れ返るけど、愁さんが心配して迎えに来てくれたのは、素直に嬉しかった。まあ、あれは百合香が気を利かせてくれたおかげなんだけど。
  
 しんと静まり返った洋菓子店のキッチンに二人きり。少し緊張してしまう。
 愁さんは作業台の上に、いくつかレシピを広げて置いた。

「まったく新しいものを作っている時間はないから、この中から選んでアレンジしたいと思ってる」

 写真つきのレシピに思わず目を見張る。
 黙って見ていると、愁さんが私の顔を覗き込むように見た。

「どうしたの?」
「……いえ、これって企業秘密なのに、私が見てしまっていいのかなって」
「そ、そうだった……」

 愁さんは、調理台に手をついて項垂れた。
 完璧で隙がなくて、なんでもできてしまう人だと思っていたのに、私の中の愁さんのイメージが少しだけ変わる。
 
「愁さんって、意外とかわいいところあるんですね」
「か、かわいい……? 年上をからかうもんじゃありません」

 愁さんは、頬を赤らめて眉を寄せる。
 
「大丈夫です、外に漏らしたりしません。お父さんにだって言いません」
 
 そもそも、お父さんにはここに来ていることさえ内緒だ。
 再びレシピをじっくり見つめる。
 写真の中のスイーツは、今すぐにでも食べたくなるような魅力的なものばかりだ。
 色彩や質感まで綺麗に仕上がっている。

 このケーキに私が何を足すことができるんだろう。
 自分の舌に自信があるとはいえ、愁さんの作品に自分のアイデアを加えるなんて、とんでもないことのように感じた。

 私は、ショートケーキのレシピに目をとめた。
 スポンジ生地の間にクリームが挟まれ、上には大ぶりな苺が乗っている。

「これとかどうでしょう? すごく綺麗で、ベースがシンプルだからアレンジが効きそうな気がします」
「ショートケーキか……なるほど。じゃあ、どんなアレンジにしようか?」

 愁さんの前で緊張しながらも、ケーキの味を想像し組み立てていく。