ライバル店の敏腕パティシエはスイーツ大好きな彼女を離さない〜甘い時間は秘密のレシピ〜

 栗本家から少し離れたところで、愁さんが立ち止まった。
 
「今日はありがとう、天音さん」
「いえ。あの、愁さん……」

 言い淀みながらも、思い切って訊ねてみた。
 
「お父様と、あまり仲が良くないのですか?」
 
 その問いに、愁さんの笑顔が一瞬、影を落とした。

「そうかも、しれないな」

 愁さんは視線を逸らし、しばらく黙っていた。
 やはり訊いてはならないことだっただろうか、と少し後悔していると、愁さんは呟くように話し始める。
 
「僕の母は、過労で亡くなっていてね。父との確執はそれからかもしれないな……」
 
 愁さんの声は低く、どこか遠い記憶を辿っているようだった。寂しげな表情を浮かべる彼に、私はかける言葉が見つからない。
 しかし愁さんはそれ以上話を続けず、ふいに顔を上げると、パッと明るい笑顔を見せた。
 
「天音さんは、これから時間ある?」
「は、はい。今日は、一日空けましたので!」

 嘘のように明るくなった愁さんの姿に、少し安心した。
 
「さっそく、報酬と行こうか?」
「えっ?」
「シャテーニュのケーキセット」

 そう言って愁さんは、少し得意げに微笑んで私の手を取り歩き出した。