ライバル店の敏腕パティシエはスイーツ大好きな彼女を離さない〜甘い時間は秘密のレシピ〜

「む……。古都屋の水ようかんか……。なかなかわかっているな」

 謹二さんの厳しい顔が、少しだけほころんだ気がする。
 スイーツの巨匠とも言える謹二さんに、菓子折りを渡すなどどうかと思ったが、愁さんが事前に好みを教えてくれて助かった。老舗、古都屋のお菓子ならなんでも好きだそうだが、今の時期なら夏限定のものがいいと思ったのだ。特に水ようかんは、しっかりした甘さと上品な舌触りが評判の品だ。
 謹二さんは、一旦机の隅に菓子折りを置き、我に返ったように咳払いする。

「それで、今日の用件は? 挨拶だけじゃないのだろう?」

 再び厳しい視線がこちらに向けられる。けれど、ここで怯むわけにはいかない。
 私は少しだけ身を乗り出し、話を切り出した。
 
「差し出がましいとは思いますが、課題の内容を変えていただきたいのです」
「ほう、どういうことかね?」

 謹二さんが眉を少しだけ上げる。彼の表情は読み取りにくいが、少なくとも興味を持ってくれたようだった。
 先日愁さんに話したことと同じ説明をすると、謹二さんは黙って頷きながら聞いてくれた。

「……なるほど。お嬢さん、天音さんと言ったな?」
「は、はい」
 
 返事をすると、謹二さんが頭を下げた。

「愚息が不甲斐なくて申し訳ない。何せ洋菓子作りしか能がないものでね」
「ちょっと父さん。自覚はしてるけど、改めて言われると腹が立つんだけど」

 なんとなく、愁さんの言い方にトゲがあるように感じた。
 二人のやりとりには、どこかぎこちない雰囲気が漂っているが、謹二さんは何事もなかったかのように続けた。

「いいだろう。課題を変えることを、風間さんにはこちらから伝えておこう」

 話は終わったとばかりに謹二さんが立ち上がって部屋を出ていった。
 私はお礼を言って愁さんと一緒に栗本家を後にした。