ライバル店の敏腕パティシエはスイーツ大好きな彼女を離さない〜甘い時間は秘密のレシピ〜

 結婚式が終わって、ゲストの人たちを見送った後、私たちは新居であるマンションへ帰ってきた。
 部屋を探していた時、私はちょうど海外ツアーの真っ最中だったので、新居選びは愁さんに任せていた。
 
『この部屋に決めようと思うんだけど、どうかな?』

 と、愁さんから送られてきた間取りの画像だけを見ると、とても良さそうな物件だった。

『じゃあ、愁さんにお任せします』

 と愁さんのセンスを信用して返事をした私。
 ツアーから帰ってきて、愁さんと一緒にここへ来た時、口を開けたままてっぺんを見上げた。
 正直、こんな高層マンションだなんて、思ってもみなかったのだ。
 
 高層階行きのエレベーターに乗り、静かに上がっていく。
 私たちは手をつないだまま、何も言わずに並んで立っていた。
 結婚式の華やかな余韻が、まだ体に残っている。
 でも、こうしてふたりきりになると、ようやく実感が湧いてきた。
 ──私は、愁さんと結婚したんだ。

「着いたよ」

 愁さんが扉を開けると、ほんのり甘い香りが鼻をかすめる。
 荷物はまだ完全に片付いてないものの、リビングは小綺麗になっていた。
 落ち着いた色の照明が私たちを出迎えてくれているようで、中央のテーブルの上には、白いバラのブーケが置かれている。
 キッチンはカウンター式で、広い作業台なので休日に愁さんと二人で並んで料理もできそうだ。
 そして寝室には、二人で選んだダブルベッドが、すでに運び込まれていた。
 一通り部屋を確認すると、愁さんが私の肩を抱いて言った。

「ベランダ、行こうか」

 促されて外に出ると、夜風が肌を撫で、ふわりとワンピースの裾が揺れた。
 眼下に広がるのは、一面の夜景。
 街の灯りが、まるで星空のように輝いていた。

「きれい……」

 そう呟くと、愁さんは私の背中にそっと腕を回してくる。
 その温もりを感じながら、胸の奥にふっと不安がよぎる。

「でも、こんな高級そうなマンション……いいんですか?」

 本当は、二人で決めなければいけなかったのに。
 タイミング悪く仕事になって、愁さんに全部任せる形になってしまった。
 
「うん。実家でもよかったけど──最初くらい、ふたりきりで始めたかったから」

 愁さんはそう言って、私の髪を優しく撫でる。

「父も、いつでも実家に住んでいいって言ってくれてる。……だから、少ししたら戻るのも、ありだなって」
「じゃあ……子どもができたら、ですかね」

 マンションは2LDKの広さ。子どもができたら手狭になるだろう。
 何気なくそう言ったつもりだったのに──
 愁さんが、熱を帯びたようなまなざしで、じっとこちらを見つめているのに気づく。
 ハッとする。『子どもができたら』なんて、まるで……
 なんて大胆なことを言ってしまったんだろう。

 自分の顔がみるみる熱くなっていくのがわかる。
 愁さんは淡く微笑んで──髪に触れていた手が、そっと頬に触れる。

「それは、承諾ってことでいいかな?」
「あ、あの──」

 返そうとした言葉は、愁さんの唇でそっとふさがれた。
 甘くて、深くて、優しいキス。
 その温もりが、ゆっくりと胸の奥に染み込んでいく。
 キスが終わっても、彼の腕の中は心地よく、体の力が抜けてしまいそうだった。

「愁さん……」

 名前を呼ぶだけで、喉が震えた。
 鼓動が速くなる。息が浅くなる。
 このまま溶けてしまいそうなほど、彼の存在が近い。

「……そろそろ、部屋の奥で続きをしようか」
「えっ、あの、せめてシャワーを……」

 結婚式が終わってから着替えた、ベージュのワンピースの下。
 汗ばんだ肌が気になって、そっと彼の腕の中から逃れようとするけれど、力強く私を離さなかった。

「ダメ。もう我慢できない」

 耳元で囁かれる低い声。
 腕の力が少し強くなって、半ば強引にベッドルームへと連れていかれた。
 
 ベッドに座る前に、ワンピースのファスナーがゆっくりと外されていく。
 背中にひんやりとした夜の空気が触れ、肩が震える。

 愁さんの温かい手のひらが、身体をなぞるように肩から腕へと下りていく。
 ストン、とワンピースが床に落ちて、首筋にキスされる。

 そして、ふたりは一枚ずつ、距離をなくしていった。

 ベッドに横たわり、ふわりとシーツに沈んでいく私を、愁さんが大切そうに包みこむ。
 まるで宝物みたいに。
 指先も、くちづけも、視線も、どこまでも丁寧で、どこまでも甘かった。

 痛みも、恥じらいも、戸惑いも、すべてが彼の手の中で溶けていく。
 ただひとつ残るのは、「好き」という気持ち。

 名前を呼び合うたびに、ふたりの距離が、もう戻れないほど近くなっていった。