ライバル店の敏腕パティシエはスイーツ大好きな彼女を離さない〜甘い時間は秘密のレシピ〜

 その後、愁さんを見送りに外へ出て、私たちはしばらく並んで歩いた。
 風が心地よく、静かな住宅街の道に私たちの足音だけが響いていた。

「あー、私も栗のガトーバスク、食べたかったなぁ」

 ぽつりとこぼすと、愁さんがちらりと横目で私を見て、すぐに視線を前に戻した。

「なんで食べさせてくれなかったんですか?」

 少しだけ唇を尖らせて、愁さんの服の袖を軽く引っ張る。
 すると、愁さんは困った顔で頬をかいた。
 
「それは、ほら……。フランスでショコラ・ボンボンを食べた時、天音さん酔っちゃったから、念のため?」
「え? でも私、結婚記念日の時、お父さんのガトーバスクは食べてましたよ?」
「家族同士ではいいと思うよ。だけど──」

 愁さんは一歩立ち止まり、私の方へ身体を向けた。

「……僕の前で酔われると、ちょっと困るから」
「……え?」

 一瞬、何を言われたのかわからなくて、言葉が遅れて頭に届く。
 フランスにいた時の、愁さんの部屋での出来事を思い巡らす。
 あの時はたしか、ティエリー・カロン氏にいただいたショコラ・ボンボンを食べて……リキュールが思っていたより効いていて、少し酔ってしまった。
 愁さんに寄りかかって、甘い言葉をかけられて……そのままベッドへ……。
 今思い出しても恥ずかしい。だけど、そうか、酔った勢いなんて、迷惑だったのかもしれない。
 
「そ、そんなに迷惑でしたか……?」