「で? どうだったんだ?」
唐突な父の問いかけに、私も愁さんも一瞬きょとんとした。
愁さんが丁寧に問い返す。
「……と、申しますと?」
「お父さん、わかるように言ってよ」
思わず私が口を挟むと、父は少しだけバツが悪そうに咳払いをした。
「……その、あれだ。フランスでは……どんなプロジェクトをやってたんだ?」
不器用な人だなぁ、と思う。素直に「教えてくれ」と言えばいいのに。
そんな父の様子を察したのか、愁さんは微かに目を細めて、静かに背筋を伸ばした。
「はい。現地では、日本とフランスの若手パティシエ同士をつなぐ交流プロジェクトに参加していました。伝統技術を互いに学び合い、新しいスイーツを共同開発する、というものでして……」
そこで一呼吸置いて、愁さんは続けた。
「僕は、主に『和素材を取り入れたフランス菓子』の開発チームを担当していました。たとえば、柚子や抹茶、黒糖などの風味を活かしつつ、フランスの伝統菓子に溶け込ませる工夫です」
父の眉がわずかに動くのが見えた。
それは興味を抱いた時の癖だと、私は知っている。
「現地の職人たちにも、日本の繊細な味覚や調和の文化に深い関心を持っていただけて。僕自身、フランスの伝統に触れて貴重な時間になりました」
愁さんの言葉には、飾り気のない真摯さがあった。
父は腕を組んだまま、ふん、と鼻を鳴らした。
「……なるほどな。よくわかった」
どうやら、父は愁さんを認めてくれたようだ。
ただし、それは『職人として』だろう。
じゃあ、結婚は? 逸る気持ちを抑える。
「だが、結婚はまだ早い」
その一言でリビングは一気に空気が張り詰め、私は肩を落とす。
母が微かに息を飲み、「お父さん……」と声を漏らした。
「天音はまだ若い。それに……添乗員になると息巻いていただろう」
たしかに、私はまだ学生で、卒業まで一年ある。
就職先の旅行会社も、実際に働き始めたらどうなるかわからない。
不安も、期待も、山ほどある。だけど、それでも私は愁さんと一緒にいたい。
そこへ母がひと言、笑みを含ませて言った。
「お父さん、本音は?」
「誰がライバル店の人間に大事な娘をやるか!」
父は視線を逸らしたまま、少し唇を尖らせている。
(……やっぱりそこか!)
愁さんも驚いたように目を丸くし、けれどすぐに柔らかな笑みを浮かべた。
父の頑なな瞳を真正面から見つめて、静かに口を開く。
「……どうしたら結婚を許してもらえるでしょうか?」
その問いかけに、父はふんっと鼻を鳴らし、腕を組んで横を向く。
「知るか! 自分で考えろ!」
返ってきたのはまるで禅問答のような返事。
でも、愁さんはそれにも負けず、真剣な表情で顎に手を当てて考え始めた。
そして、数秒の沈黙のあと──
「……僕はパティシエです。今まで、ケーキで人を笑顔にしてきました。中でも、天音さんの笑顔が僕にとっては一番です。今度は、大輔さんを笑顔にするケーキを、天音さんと二人で作りたいと思っています。……どうでしょう?」
その言葉に、父の眉がわずかにピクリと動いた。
「……ふん。いいだろう、持ってきたら食ってやる」
愁さんの顔がぱっと明るくなって、頭を下げる。
「ありがとうございます!」
こうして私たちは、父に認めてもらうための特別なケーキ作りに挑むことになった。
ふたりで作る、未来のための一皿。
それが、私たちの第一歩だった。
唐突な父の問いかけに、私も愁さんも一瞬きょとんとした。
愁さんが丁寧に問い返す。
「……と、申しますと?」
「お父さん、わかるように言ってよ」
思わず私が口を挟むと、父は少しだけバツが悪そうに咳払いをした。
「……その、あれだ。フランスでは……どんなプロジェクトをやってたんだ?」
不器用な人だなぁ、と思う。素直に「教えてくれ」と言えばいいのに。
そんな父の様子を察したのか、愁さんは微かに目を細めて、静かに背筋を伸ばした。
「はい。現地では、日本とフランスの若手パティシエ同士をつなぐ交流プロジェクトに参加していました。伝統技術を互いに学び合い、新しいスイーツを共同開発する、というものでして……」
そこで一呼吸置いて、愁さんは続けた。
「僕は、主に『和素材を取り入れたフランス菓子』の開発チームを担当していました。たとえば、柚子や抹茶、黒糖などの風味を活かしつつ、フランスの伝統菓子に溶け込ませる工夫です」
父の眉がわずかに動くのが見えた。
それは興味を抱いた時の癖だと、私は知っている。
「現地の職人たちにも、日本の繊細な味覚や調和の文化に深い関心を持っていただけて。僕自身、フランスの伝統に触れて貴重な時間になりました」
愁さんの言葉には、飾り気のない真摯さがあった。
父は腕を組んだまま、ふん、と鼻を鳴らした。
「……なるほどな。よくわかった」
どうやら、父は愁さんを認めてくれたようだ。
ただし、それは『職人として』だろう。
じゃあ、結婚は? 逸る気持ちを抑える。
「だが、結婚はまだ早い」
その一言でリビングは一気に空気が張り詰め、私は肩を落とす。
母が微かに息を飲み、「お父さん……」と声を漏らした。
「天音はまだ若い。それに……添乗員になると息巻いていただろう」
たしかに、私はまだ学生で、卒業まで一年ある。
就職先の旅行会社も、実際に働き始めたらどうなるかわからない。
不安も、期待も、山ほどある。だけど、それでも私は愁さんと一緒にいたい。
そこへ母がひと言、笑みを含ませて言った。
「お父さん、本音は?」
「誰がライバル店の人間に大事な娘をやるか!」
父は視線を逸らしたまま、少し唇を尖らせている。
(……やっぱりそこか!)
愁さんも驚いたように目を丸くし、けれどすぐに柔らかな笑みを浮かべた。
父の頑なな瞳を真正面から見つめて、静かに口を開く。
「……どうしたら結婚を許してもらえるでしょうか?」
その問いかけに、父はふんっと鼻を鳴らし、腕を組んで横を向く。
「知るか! 自分で考えろ!」
返ってきたのはまるで禅問答のような返事。
でも、愁さんはそれにも負けず、真剣な表情で顎に手を当てて考え始めた。
そして、数秒の沈黙のあと──
「……僕はパティシエです。今まで、ケーキで人を笑顔にしてきました。中でも、天音さんの笑顔が僕にとっては一番です。今度は、大輔さんを笑顔にするケーキを、天音さんと二人で作りたいと思っています。……どうでしょう?」
その言葉に、父の眉がわずかにピクリと動いた。
「……ふん。いいだろう、持ってきたら食ってやる」
愁さんの顔がぱっと明るくなって、頭を下げる。
「ありがとうございます!」
こうして私たちは、父に認めてもらうための特別なケーキ作りに挑むことになった。
ふたりで作る、未来のための一皿。
それが、私たちの第一歩だった。



