ライバル店の敏腕パティシエはスイーツ大好きな彼女を離さない〜甘い時間は秘密のレシピ〜

 どこまでも落ち着いた物腰のその姿に、私は胸を撫で下ろす。
 母を手伝おうかと思ったけれど、この場にふたりだけを残すのは危険なような気がして、私はこの気まずい空気の中、緊張しながら母が戻ってくるのを待った。

 しばらくすると、母がケーキと紅茶を四人分持ってきた。

 黄金色に透ける甘夏のコンポートと、ほんのり赤みを帯びたアプリコット、みずみずしいブルーベリーがバランスよく配置され、ミントの葉が涼やかなアクセントを添えている。
 愁さんが参加できなかった、去年のスイーツコンテストで優勝したときの「夏の果実のムース」だ。

「どうぞ」

 愁さんは「いただきます」と手を合わせてから、フォークを手に取った。
 一口含み、目を伏せたままゆっくりと味わっている。

「……素晴らしいバランスです」

 その低く落ち着いた声に、私は思わず手を止め、愁さんの横顔に見入っていた。

「特に、甘夏とアプリコットの酸味の重なりが絶妙ですね。ムースの中にほんのり忍ばせたハーブの香りが、後味に爽やかな余韻を残していて……。甘さを抑えて果実の風味を引き立てているのが、とても上品です」

 おおむね私と同じ感想で、さすが愁さん、と心の中でときめいてしまった。
 父のまぶたがぴくりと動く。

「……そうか。やっぱりわかるか」

 父は、少しだけ誇らしげに口角を上げる。
 愁さんは、その空気を壊さないように柔らかく笑って続けた。

「ムースの温度にも気を配られたんですね。ほんのわずかに室温に近づけて、果実の香りがふわっと立ち上がるようになっている」

「ふっ……そうだろう、そうだろう。そこに気づくとは、やはり見込みのある男──」

 父は嬉しさを隠すことなく、満足げな顔をこちらに向ける。
 素直じゃなかった父が、愁さんの穏やかな笑みと丁寧な物腰に、少しずつほぐされていくようだった。

 だが、次の瞬間── 父が自らの頬をぺちりと叩いた。

「はっ……いかん! 危うく絆されるところだった……!」

 愁さんの微笑みと言葉には、人を惹き込む不思議な力がある。
 私もずっとそう感じてきた。どうやら、父にも効いているみたいだ。

 父が紅茶を一口飲んで落ち着いたところ、愁さんの方へようやく視線を向けた。