ライバル店の敏腕パティシエはスイーツ大好きな彼女を離さない〜甘い時間は秘密のレシピ〜

 困惑を隠さずにいる父の隣で、母は小さくため息をついていた。
 そんな中、愁さんは表情を変えず丁寧に頭を下げる。

「すみません、お義父(とう)さん」
「お義父さんはまだ早い!」
「はい。では、大輔さん」

 愁さんは、即座に呼び方を修正した。
 そして、静かに紙袋から藍色の箱を取り出す。
 フランスで見つけたという紅茶専門店の、美しく装丁されたギフトボックスだ。
 箱に入っていても、ほのかに気品ある紅茶の香りが感じられる。

「こちら、フランスの紅茶専門店で見つけたものです。ご挨拶にあたり、どうしても何かお持ちしたくて……。よろしければ召し上がってください」

 言葉も所作も、愁さんらしい。
 真剣さがひしひしと伝わってきて、私はますます緊張してしまう。

 父は黙って箱を受け取り、一度、重みを確かめるように持ち上げた。
 そして、まだ少し不機嫌そうな表情のまま、ポンとテーブルの上に置いた。

「ふん……。俺も修行でフランスにいた時に飲んだやつだな」

 父の口からぽつりと出た言葉に、私は思わず息を呑んだ。
 わざとなのか、それとも無意識なのか……。
 その言いぶりが、どこか刺々しく聞こえてしまって、私はひやひやする。

(嫌味っぽくなってない……? 大丈夫……?)

 父は依然として愁さんと目を合わせようとしない。
 湯呑を手に取り、口元に運ぶその顔は、頑ななまま。
 その空気を和らげるように、母が穏やかに笑って口を開いた。
 普段はキビキビした態度なのに、愁さんを前にしてよそ行きの態度だ。
 
「まあまあ、お父さん。いいじゃないの。イケメンでパティシエだなんて、血は争えないものね」

『血は争えない』という言葉に、父は少しだけむっとした顔で、こもったような声を漏らす。

「むむっ……」

 おそらく……自分が間接的に褒められたような気がして、照れてしまったのだろう。
 そんな父の反応が、なんだかおかしくて、私はほっと息をついた。
 母はなおも追い打ちをかけるように、にっこりと笑顔を浮かべる。

「ケーキも、ちゃあんと用意してあるのよ。お父さんったら張り切っちゃって」

 そのひと言に、父の顔がポッと赤くなる。

「お、おまえは、余計なことは言わんでいい」

「まあまあ。じゃあ、準備してきますね。せっかくだから、愁さんにいただいたお紅茶、お出ししてもいいかしら?」

 母が立ち上がりながら問うと、愁さんは丁寧にうなずく。

「はい。ありがとうございます」