ライバル店の敏腕パティシエはスイーツ大好きな彼女を離さない〜甘い時間は秘密のレシピ〜

 あっという間に季節が巡り、桜の蕾がふくらみ始めた頃。
 ついに、愁さんが日本へ帰国する日がやってきた。

 到着ゲートの前で、私は胸が張り裂けそうな思いで彼の姿を探していた。
 見慣れた背の高いシルエット、長い足でこちらに向かってくる人影。
 間違いない。あれは……。
 声に出すより先に、体が動いていた。
 
「……愁さん!」

 スーツケースを引く彼のもとへ駆け寄り、勢いよく腕に飛び込む。
 人目なんて、もうどうでもよかった。

「……おかえりなさい、愁さん」

 やっと会えた。もう、夢じゃない。
 震える声でそう言うと、愁さんはふっと笑い、私の背中にそっと腕を回した。

「ただいま、天音さん」

 その一言だけで、胸の奥がじんわり熱くなった。
 変わらない声。変わらない温もり。
 離れていた時間を、すべて抱きしめてくれるようだった。

 ゲートを出て、隣に並んで歩きながら、私たちは自然と手をつないだ。
 柔らかな春の風が吹き抜ける。また新しい日々がここから始まるような、そんな予感がした。

「ご両親への挨拶は、いつにしようか」

 春の香りを感じながら歩いていると、愁さんの唐突なひとことに、私は思わず足を止めた。

「へっ……?」

 変な声が出た。顔が一気に熱くなるのが自分でもわかる。
 そんな私の反応を見て、愁さんは少し照れたように笑う。
 けれどその目はまっすぐに、未来を見つめているようだった。

「愁さん、帰ってきたばかりなのに……」
「こういうのは、早い方がいいと思って」

 愁さんは、いたって真面目な顔でそう言った。
 少し眉を寄せて、それでも穏やかな目で私を見つめている。

「でも私、卒業まであと一年ありますよ?」

 今年から大学四年生になる私は、実習先の旅行会社に内定をもらっていた。
 でも卒業論文や資格取得のための勉強も山積みで、まだまだ忙しい学生生活が続く予定だ。

「うん。だから、挨拶だけ」

 愁さんが、少しだけ握った手に力を入れる。
 手のひらの温もりが、彼の誠実な気持ちを伝えてくる。
 嬉しい。でも、やっぱり恥ずかしい。
 両親に紹介するなんて、心の準備が……。

「じゃあ……今度のお休みの日、訊いてみますね」

 少しだけ視線を外しながら、私は小さな声でそう返す。
 愁さんはふっと笑ったあと、急にそわそわと早口になった。

「緊張するな……。あっ、手土産は……フランスで買った紅茶でいいかな? 向こうで偶然見つけた紅茶専門店でね、日本じゃ手に入らないやつで、香りがすごくよくて──」

 言葉を重ねるたびに、愁さんの頬が少しずつ赤くなっていく。
 真剣な顔をしながらも、どこか楽しそうだ。

「もう、愁さんってば……。落ち着いてください」

 まだ会う日も決まっていないというのに、落ち着きのない愁さんを見て、胸の奥がくすぐったくなる。

「ごめん。天音さんと結婚できるかと思うと、居ても立ってもいられなくて」

 そう言って愁さんは、恥ずかしげもなく、まっすぐに私を見る。

「まだ、両親に許してもらってませんよ」

 優しく宥めるように言ったけれど、愁さんの言葉が嬉しくて、胸がいっぱいになる。

「言っただろ? 許してもらえるまで、何度だって言うって」

 愁さんが浮かべた笑顔に照れて、つい視線を逸らしてしまった。
 心臓がドクンと鳴り、ほんのり熱を帯びた頬を隠すように、私はうつむく。

 愁さんの家の最寄り駅までの直通バスに乗り、帰ってきた。
 私はここから電車に乗って、今日は午後からの講義に出なくてはいけない。
 一旦、お別れだ。
 
「じゃあ……また」
「はい。また連絡します」

 愁さんは、優しくうなずいた。
 私は軽く会釈をしてから、改札を通る。
 でも、どうしても後ろ髪が引かれて、振り返ってしまう。

 愁さんはまだ、そこにいた。
 スーツケースの横に立ち、片手を上げて、私に笑いかけてくれる。
 なんだか映画のワンシーンみたいで、思わず私も小さく手を振り返す。
 
 そして、もう一度会釈をして、私は電車のホームへと足を進めた。