ライバル店の敏腕パティシエはスイーツ大好きな彼女を離さない〜甘い時間は秘密のレシピ〜

「創ちゃん……」
「ひ、久しぶりだな……」
「そうだね……」

 わずかな間、沈黙が流れる。
 そうだ、告白を断ってから創ちゃんとも気まずいままだった。
 創ちゃんは、私の向かいの椅子にゆっくりと腰を下ろした。
 
「そうだ、写真、ありがとな」

 フランス留学中に撮った、ノートルダム大聖堂の写真。
 日本に帰ってから、創ちゃんに送ってみたのだ。
 その時は、『サンキュ』と短い返事がきただけだったけど。

「うん」
 
 いつもと変わらない創ちゃんの顔を見て、ホッとする。
 やっと少しだけ笑みがこぼれた……つもりだったけれど、創ちゃんはすぐに気づいたみたいだった。

「なんだよ、元気ないな?」
「そう、かな……?」

 フォークを手にしたまま、私は一口しか食べていない苺のミルフィーユを見下ろす。

「そうだよ。いつもなら、そのスイーツだって『美味しい〜!』って言いながらほっぺた押さえてるじゃないか」

 創ちゃんが、頬を両手で押さえて「美味し〜い!」と私の真似をする。
 ちょっと大げさで、でも絶妙に似ているその動きに、思わず吹き出しそうになった。
 創ちゃん、ほんとによく見てる。
 私がどんな風にスイーツを食べるのかなんて、自分でも意識したことなかったのに。

「……あ! わかった、愁さんとケンカでもしたんだろ!?」

 その言葉が投げられた瞬間、私は動きを止めた。
 すると、創ちゃんは困ったように眉を下げて頭をかく。
 
「え? あれ……? 当たり?」

 その様子を見ていたら、胸の奥に押し込んでいた感情が、ふっとこぼれた。
 涙が、ぽろぽろと音もなく頬を伝って落ちていく。

「え、ちょっ……」

 創ちゃんが慌てて、その場にあった紙ナプキンを差し出そうとする。
 でも、私は首を振って、それを受け取らなかった。

「ごめん……これは違うの。自分の不甲斐なさに呆れちゃって……。愁さんだって、向こうで同じ気持ちでいてくれてるって、わかってるのに……。私ばっかり寂しがってるみたいで……」

 膝の上でぎゅっと手を握る。
 どうしてこんなに、不安になるんだろう。
 ちゃんと愛されてるって、知ってるのに。
 想いの大きさが違うだけで、こんなにも揺らいでしまうなんて。

 頭では理解しているのに、心が追いつかない。
 そんな自分が、情けなくて、悔しくて、涙が止まらなかった。
 
「なんだよ、結局ノロケかよ」
「え……?」

 不意を突かれて顔を上げると、創ちゃんは苦笑していた。

「愁さんのこと、好きなんだろ? 信じてるんだろ? だったら、それでいいじゃんか。寂しくなったら、また俺にでも愚痴ってくれよ。スイーツくらいは奢るからさ」

 その言葉に、胸の奥の重たい塊が、少しだけほぐれていく。
 涙が乾ききらないまま、私はかすかに笑った。

「……ありがとう、創ちゃん」

 そのまま、ぽつりと本音が漏れた。

「私、創ちゃんが幼馴染で良かった」

 そう言うと、創ちゃんは目を丸くして、思わず固まる。
 でもすぐに、

「ばーか、今さら俺の良さに気づいたって遅いんだよ」

 と照れ隠しのように口元をゆるめて、にやりと笑った。