ライバル店の敏腕パティシエはスイーツ大好きな彼女を離さない〜甘い時間は秘密のレシピ〜

 愁さんと喧嘩をしてから、数日が過ぎた。
 モヤモヤとした気持ちは、ずっと胸の奥に残ったまま。
 あれから、愁さんとは連絡をとっていない。
 
 本当に嫌われたか、単純に忙しいだけなのかはわからない。
 私から謝らなくちゃ、とは思う。だけど、もしその流れで別れ話にでもなったら……。
 そう思うと連絡できなかった。

 今日も曇り空みたいに、心の中は重たいままだ。

 私は、いつもの大学近くのカフェの片隅に一人でいた。
 いつもならお気に入りの場所。
 だけど、今日は周囲の笑い声も、流れるBGMも、どこか遠くの世界の音に感じた。

 注文していた季節限定のいちごのミルフィーユが、目の前にある。
 サクサクのパイ生地に、たっぷりのカスタードと甘酸っぱいいちご。
 見た目も味も間違いないはずなのに、フォークを持つ手がなかなか動かない。

 一口だけ、なんとか口に運んでみる。
 けれど、甘さが胸につかえて、味がよくわからなかった。

「……美味しい、はずなんだけどな」

 ぽつりとつぶやいた自分の声が、紅茶の入ったカップの揺れる音にかき消された。

「天音」

 名前を呼ばれて顔を上げると、そこには懐かしい顔があった。
 明るい茶髪を短く切り揃えた快活そうな──。