ライバル店の敏腕パティシエはスイーツ大好きな彼女を離さない〜甘い時間は秘密のレシピ〜

 ホームパーティーも終わり、私たちはカロン氏の家を後にする。
 あたりはすっかり夕暮れ時。茜色の空が、今日の出来事を優しく包み込むように広がっている。
 お土産にショコラをたくさんいただき、私はシャルロットの存在も忘れてご機嫌な足取りで駅へ向かっていた。
 
「このショコラ、二人で食べない?」
 
 隣を歩いていた愁さんが、穏やかな声で提案してくる。

「いいですね。どこで食べましょうか?」
「僕の部屋」
「え……」
 
 どきんと胸が高鳴る。鼓動が一瞬にして速くなる。
 たしかに、私の学生寮の方が近いけど関係者以外は入れないし、公園で食べるには寒すぎる。
 私は承諾して愁さんの住むアパートにお邪魔することにした。
 
 愁さんの部屋は、フランスへ来た初日と変わらずシンプルな感じだった。
 足を踏み入れた瞬間、ほっと息をつく。
 細いヒールの靴が、足元にじんわりとした痛みを残している。パーティーでは気が張っていたせいか気にならなかったけれど、今はもう、一刻も早く脱いでしまいたい。

 でも、フランスのアパートは土足が基本。靴を脱ぐのが当たり前の日本とは違う。
 立ったまま靴を脱ぐのも何だかためらわれて、そわそわと足の力を抜いた。

 その様子に気づいたのか、愁さんがキッチンに立ったまま軽く笑って言った。

「座っていいよ。疲れただろ?」

 促されるまま、椅子に腰を下ろす。ヒールのストラップを外し、やっと靴を脱いだ瞬間、足先がじんわりと解放されて、思わず小さく息を漏らした。
 飲み物を持って来てくれた愁さんが、私を見てふっと微笑む。

「そんなに頑張ってくれてたんだね」

 何だか気恥ずかしくて、私は黙って足を隠すようにクロスさせる。

「ショコラ、食べる?」
「はい!」

 テーブルに置かれた、カロン氏からもらったショコラの箱。
 わくわくしながらリボンを解いて蓋を開けると、艶やかなチョコレートが宝石のように並んでいた。
 愁さんが一粒つまんで口に運ぶと、驚いたように目を見開く。
 
「天音さん、お酒は大丈夫?」

 そう聞かれた時には、私はすでに一粒、口にしていた。
 中から、ジュワッとリキュールの入ったチョコクリームが出てきて、口の中に広がる。
 
「ん……! 結構キますね」

 ここまでリキュールの効いたショコラを食べるのは初めてだ。
 カーッと身体が熱くなる。

「天音さん、顔赤くなってる」
「そ、そうですか……? なんだか、ぽかぽかしてて……変な感じです……」

 ふわりと視界が揺れて、身体が傾きかける。

「あぶなっ……!」

 すかさず、愁さんが立ち上がり受け止めてくれた。
 彼の胸に顔をうずめた私は、思わず深く息を吸い込む。
 
「……ふふ、愁さんの匂い。安心します」

 今日のパーティーは緊張の連続だった。異国の空気、華やかな空間。
 愁さんと二人きりの時は、やっぱりホッとする。
 すると愁さんの手の力が、少しだけ強くなった。