ライバル店の敏腕パティシエはスイーツ大好きな彼女を離さない〜甘い時間は秘密のレシピ〜

 その後、私はすっかりカロン氏のショコラに魅入られ、いろんなショコラを味見させてもらった。
 その度に、近くにいるアシスタントの人に「これはなに?」「これはどんなレシピで?」など質問攻めにしてしまった。

 愁さんのことも忘れて会場を回っていると、周りがざわっと騒がしくなった。

《シュウ! 久しぶりね!》
 
 そう言って現れたのは、アッシュブロンドの髪の、スラリとした長身の女性。
 シンプルなドレスを完璧に着こなし、周囲の視線を集めている。
 私でも見たことがある。日本でも有名なモデル、シャルロット・ヴィルニエだ……!
 愁さん、ティエリー・カロンだけでなく、モデルと知り合いなんてどこまで人脈が広いんだろう。
 彼女は迷いなく愁さんに近づくと、頬にキスをする。
 
「……!」

 目の前の光景に、私は思わず息をのむ。
 たしかに、海外では挨拶でキスをすることはあるけど……。
 馴染みのない私は、それを見てモヤモヤする。
 
 そんな私を見て、彼女はクスリと微笑んだ。

《あなたがシュウのフィアンセね? 初めまして》
《は、はじめまして……》

 緊張で少し震えながらも、握手をする。
 この感じ、覚えがある。
 以前風間さんと会った時とよく似ている。

 一体、愁さんとどんな関係なんだろう……?
 婚約者である私の目の前で、挨拶とはいえキスをするなんて、よほど親しい間柄に違いない。
 嫌な汗が出て、一気に疲労が襲ってきた。

「天音さん、彼女は──」

 愁さんがなにか言いかけた瞬間、周りからシャッターの音が響き、いくつものフラッシュが。
 気づけば、報道陣の人たちがカメラをこっちに向けている。

《シャルロットとクリモト氏のフィアンセ、いい絵になりそうだな!》

 え、えーっ!? フランスのメディアに載せられてしまう!?
 あたふたしていると、意外にも私の前に立ってくれたのは、シャルロットだった。

《ちょっと! アマネは一般人よ! 勝手に撮らないで! 取材なら、私が向こうで受けるわ》

 そう言って、シャルロットは報道陣と共に隅の方へ移動しれくれた。
 去り際に、振り向いて軽くウインクしてくれたシャルロットは、とても素敵だった。

「はぁ……ごめん、天音さん」
「どうして愁さんが謝るんです?」
「連れてきたのは僕だし、それに彼女は──」
《シュウ! ちょっとこっちを手伝ってくれ!》

 愁さんが言いかけた時、カロン氏が助けを求めた。

「──と、ごめん、ちょっと行ってくる」
「はい」

 愁さん、なにを言いかけたんだろう?
 それに──そっか。シャルロットを連れてきたのは愁さんだったんだ。
 もしかして、元カノ……なんてことはないよね?
 愁さんに限って、そんな。
 だけど、私の心の中は、不安でいっぱいなままパーティーを過ごした。