ライバル店の敏腕パティシエはスイーツ大好きな彼女を離さない〜甘い時間は秘密のレシピ〜

「そういえば、愁さん、フランス語上手ですね。びっくりしました」

 先ほど、空港で声をかけてきた男性たちとの自然なやりとりが頭をよぎる。
 
「ああ。実は、僕の曽祖父がフランス人でね。子どもの頃、数年だけフランスに住んでいたことがあるんだ」
「えっ? そうだったんですね!」

 驚きの声が思わず漏れた。
 愁さんの端正な顔立ちは、そういうことだったんだ。

「と言っても、そんなに濃くないよ。曽祖母は日本人だから、八分の一(ワンエイス)かな」

 そう言って愁さんは肩をすくめたが、その姿すらさりげなく絵になってしまう。

「じゃあ、行こうか。出口はこっちだよ」

 私がお世話になる学生寮まで、愁さんが一緒に行ってくれると言った。
 しかし歩いてる途中で、あることに気づいて青ざめた。

「あっ、しまった……!」

 思わず声を上げると、隣を歩いていた愁さんが足を止める。

「どうしたの?」
「学生寮に、夜遅くなるって連絡するの忘れていたんです。どうしよう、もう電話繋がらない……」

 時差ボケでぼんやりしていたせいか、完全に抜け落ちていた。
 ここから学生寮まで、一時間はかかる。
 門限が厳しい寮だから、事前に連絡していないと入れない可能性が高い。
 どうしよう、ホテルを探すにも、今からじゃ遅すぎるし……。

 私が顔をしかめていると、愁さんがふっと口を開いた。

「じゃあ、うち来る?」
「へっ……?」

 一瞬、意味が理解できなくて、間抜けな声が出た。
 愁さんの家……つまり、部屋に泊まるってこと?
 え、それって……!
 突然の申し出に、私は顔が一気に熱くなるのを感じた。
 
 空港内を歩いていると、バス乗り場と鉄道の駅方面への出口が分かれていた。
 どちらで行くか悩む。
 
「バスと鉄道なら、鉄道の方が早いですよね?」
「うん。でも、天音さんが一人のときはバスかタクシーを使ったほうがいい」
「え?」
「パリの鉄道は、スリとかも多いから」
「そうですね……!」

 思わず、持っていたバッグを胸の辺りでぎゅっと抱える。
 大学でも、海外での移動は気をつけるよう学んでいるが、実際にその地に立ってみるとやはり日本でのクセは抜けない。
 知らない国での移動は、思っているよりもずっと難しい。

「じゃあ、今日は?」
「今日は、僕がいるから大丈夫。鉄道で行こう」