ライバル店の敏腕パティシエはスイーツ大好きな彼女を離さない〜甘い時間は秘密のレシピ〜

 飛行機の窓の外には、雲の海がどこまでも広がっていた。
 東京を飛び立ってから、すでに十時間以上が経っている。
 機内の照明は落とされ、静かな時間が流れていた。けれど、パリに近づくにつれて心はそわそわしだす。

 初めてのフランス。憧れの街。
 そして、愁さんが待つ場所。
 飛行機がシャルル・ド・ゴール空港へ向けて高度を下げると、パリの夜景がゆっくりと近づく。
 その中でも、エッフェル塔のイルミネーションがひときわ鮮やかに輝いて見えた。

 午後八時、到着。
 入国審査を終え、預けたスーツケースを引き取りゲートを抜けると、到着ターミナルに出る。
 正面に見えるお店からパンの香りが、ほのかに漂ってくる。

 ここに、愁さんが迎えに来てくれているはずだけど……。
 キョロキョロしていると、大柄な男の人に声をかけられた。

《やあ、タクシー探してる? 乗って行かない?》

 フランス語だ。あたり前なんだけど、フランス語。
 かろうじて「タクシー」は聞き取れたから、おそらくタクシーの勧誘だろう。
 駅や空港でのタクシーの勧誘は、無許可営業の場合が多いから注意しなければならないことは、観光学でも習っている。

「えっと……」

 断る場合は、なんて言うんだっけ……?
 言葉を探すが、頭が真っ白になって出てこない。
 大学で勉強はしているけれど、実践となるとこんなにも緊張してしまうなんて!
 その間にも、男の人は笑顔を見せて話しかけながら、出口の方へ誘導しようとしてくる。

「ノ……ノン!」

 かろうじて言葉は出たけど、もう一人男の人が現れて、囲まれてしまった。

《安くするよ》
《市内まで早く行けるから》
 
 ど、どうしよう、愁さんとここで待ち合わせしてるのに……!
 二人の圧に押されて、どんどん出口の方へ行ってしまう。