ライバル店の敏腕パティシエはスイーツ大好きな彼女を離さない〜甘い時間は秘密のレシピ〜

 ──約束の九時になった。
 夢のような時間は、もう終わりだ。
 私たちは身支度を整え、ターミナルのチェックインカウンターまでやってきた。
 旅立ちを控えた人々が行き交い、それぞれの別れや出発の時間を過ごしていた。
 愁さんがカウンターに並び、搭乗手続きを済ませる。
 預けたスーツケースが、ベルトコンベアに流れていくのを見送った。

 出発まで、あと三十分。
 まだ時間はあるけれど、余裕を持って動いておいた方がいい。
 おそらく、これが話せる最後の時間になる。
 
「行ってくるよ、天音さん」
「……はい」

 繋いでいた愁さんの手が、離れる。
 その温もりだけが、名残惜しく指先に残った。
 愁さんは、何度も、何度も振り返って、その度に手を振ってくれた。
 私もそれに答えて手を振り返す。
 次に会うとき、お互いどんなふうに変わっているんだろう。

 私は私の道を進む。
 そして愁さんは、フランスへ旅立つ。