「宇野、ちょっといいか?」
「あ、はい」
他のメンバーがそれぞれ外回りに出かけると、日向は日和に声をかけてリフレッシュラウンジへと促した。
コーヒーを淹れようとすると、「私がやります」と日和が横から手を伸ばす。
二人分のコーヒーを淹れて、テーブルに向かい合って座った。
「まず確認させてほしい。営業部への配属は、君が希望したの?」
「はい、そうです。ご迷惑でしたか?」
自信なさげに日和はチラリと日向の様子をうかがう。
「迷惑だなんてことはない。ただ心配なんだ。宇野は絵を描いたりするのが好きで、クリエイティブな仕事に向いてると思ってたから」
「あ、はい。私は営業には向いていないと思います」
「それなのに、どうして営業を希望した?」
「えっと、私に1番遠い分野だと思ったからです」
…………は?と、日向はたっぷり間を置いてから声を上ずらせた。
またしても、日和の考えが全く理解出来ない。
「ど、どういうこと?」
「説明するのは難しいんですけど……。例えばパブリッシング事業部にいた時は、椿さんや他の方も、私のアイデアを褒めてくださいました。デジタルソリューション事業部でも飯田さんに、これすごいね、すぐ使えるよって私の絵を即採用していただきました。だけど営業部に来てからは全くそんなことはありません」
「う、うん……?」
懸命に思考回路をフル稼働させるが、日向には日和の意図がさっぱり分からない。
「だから営業部に決めたんです。私が成長出来るのはここだって」
「……えっと、ごめん。根拠や理由に伴う結論が全く結びつかないんだが?どういう過程を経てその結果は導き出されたんだ?」
「えーっと、そうですね。椿さんや飯田さんは、私のアイデアをいいね!と言ってくださいました。そうするとそこで終わるんです。だけど佐野さんは、私に対してものすごく突っ込まれますよね?違う、なんでそうなる、どうなってんだ?って。だからです」
シーン……と静けさが広がる。
こんなにも日本語を難しいと感じたことはなかった。
(母国語を使っても分かり合えないなら、もはやこの子とは一生分かり合えないのでは?)
日向が途方に暮れて言葉を失っていると、日和が心配そうに尋ねてきた。
「すみません。佐野さんにとって私は、邪魔者でしかないですよね?」
「いや、どちらかというと宇宙人」
「そうですか。ですが私は、佐野さんのそばにいればたくさんのことを教えていただけると思っています。感性の似ている人といれば、世界は広がらない。佐野さんといれば、私は新しい世界を知ることが出来ます。佐野さんと私は全く似ていないので」
その部分は大いに頷ける。
「なるほど。自分の生み出すものを丸ごと受け入れられては、その先の成長はない。自分の気づかなかった視点で意見をもらえれば、そこから新たな道が見い出せる、という訳か」
「おっしゃる通りです。ですが私はそれでよくても、佐野さんはストレスですよね?佐野さんにとって私は理解不能の宇宙人。毎日一緒に仕事をすれば、不平不満は募る一方ですから」
「まあ、うん、そう、かな。否定は出来ない」
「はい。なので部長にお話しして、私は別の方の補佐につかせていただこうと思います」
「そうか……」
日向は改めて日和と正面から向かい合う。
まだあどけなさの残る顔で、真っ直ぐ真剣に見つめてくる日和。
彼女を他のメンバーにつかせたら?
ひよちゃん、ひよちゃんともてはやされる様子が思い浮かんだ。
(違う。この子はそんな浮ついた気持ちで仕事をするつもりはないんだ。言ってることは理解出来んが、気持ちや心構えはしっかりと伝わってくる)
この子は自分が引き受けよう。
日向は静かに心に決めた。
「部長に話はしなくていい。これからも君は俺が引き受ける」
「えっ、ほんとですか!?」
「ああ。だが俺もかなりの変わり者だ。君と気が合うとは思えない。嫌になったらその時はいつでも部長に言って、別のメンバーにつかせてもらえ。それまでは俺が面倒見る」
「分かりました。ありがとうございます!佐野さん」
満面の笑みで目を輝かせる日和に、日向は思わずドキッとして視線を伏せた。
「あ、はい」
他のメンバーがそれぞれ外回りに出かけると、日向は日和に声をかけてリフレッシュラウンジへと促した。
コーヒーを淹れようとすると、「私がやります」と日和が横から手を伸ばす。
二人分のコーヒーを淹れて、テーブルに向かい合って座った。
「まず確認させてほしい。営業部への配属は、君が希望したの?」
「はい、そうです。ご迷惑でしたか?」
自信なさげに日和はチラリと日向の様子をうかがう。
「迷惑だなんてことはない。ただ心配なんだ。宇野は絵を描いたりするのが好きで、クリエイティブな仕事に向いてると思ってたから」
「あ、はい。私は営業には向いていないと思います」
「それなのに、どうして営業を希望した?」
「えっと、私に1番遠い分野だと思ったからです」
…………は?と、日向はたっぷり間を置いてから声を上ずらせた。
またしても、日和の考えが全く理解出来ない。
「ど、どういうこと?」
「説明するのは難しいんですけど……。例えばパブリッシング事業部にいた時は、椿さんや他の方も、私のアイデアを褒めてくださいました。デジタルソリューション事業部でも飯田さんに、これすごいね、すぐ使えるよって私の絵を即採用していただきました。だけど営業部に来てからは全くそんなことはありません」
「う、うん……?」
懸命に思考回路をフル稼働させるが、日向には日和の意図がさっぱり分からない。
「だから営業部に決めたんです。私が成長出来るのはここだって」
「……えっと、ごめん。根拠や理由に伴う結論が全く結びつかないんだが?どういう過程を経てその結果は導き出されたんだ?」
「えーっと、そうですね。椿さんや飯田さんは、私のアイデアをいいね!と言ってくださいました。そうするとそこで終わるんです。だけど佐野さんは、私に対してものすごく突っ込まれますよね?違う、なんでそうなる、どうなってんだ?って。だからです」
シーン……と静けさが広がる。
こんなにも日本語を難しいと感じたことはなかった。
(母国語を使っても分かり合えないなら、もはやこの子とは一生分かり合えないのでは?)
日向が途方に暮れて言葉を失っていると、日和が心配そうに尋ねてきた。
「すみません。佐野さんにとって私は、邪魔者でしかないですよね?」
「いや、どちらかというと宇宙人」
「そうですか。ですが私は、佐野さんのそばにいればたくさんのことを教えていただけると思っています。感性の似ている人といれば、世界は広がらない。佐野さんといれば、私は新しい世界を知ることが出来ます。佐野さんと私は全く似ていないので」
その部分は大いに頷ける。
「なるほど。自分の生み出すものを丸ごと受け入れられては、その先の成長はない。自分の気づかなかった視点で意見をもらえれば、そこから新たな道が見い出せる、という訳か」
「おっしゃる通りです。ですが私はそれでよくても、佐野さんはストレスですよね?佐野さんにとって私は理解不能の宇宙人。毎日一緒に仕事をすれば、不平不満は募る一方ですから」
「まあ、うん、そう、かな。否定は出来ない」
「はい。なので部長にお話しして、私は別の方の補佐につかせていただこうと思います」
「そうか……」
日向は改めて日和と正面から向かい合う。
まだあどけなさの残る顔で、真っ直ぐ真剣に見つめてくる日和。
彼女を他のメンバーにつかせたら?
ひよちゃん、ひよちゃんともてはやされる様子が思い浮かんだ。
(違う。この子はそんな浮ついた気持ちで仕事をするつもりはないんだ。言ってることは理解出来んが、気持ちや心構えはしっかりと伝わってくる)
この子は自分が引き受けよう。
日向は静かに心に決めた。
「部長に話はしなくていい。これからも君は俺が引き受ける」
「えっ、ほんとですか!?」
「ああ。だが俺もかなりの変わり者だ。君と気が合うとは思えない。嫌になったらその時はいつでも部長に言って、別のメンバーにつかせてもらえ。それまでは俺が面倒見る」
「分かりました。ありがとうございます!佐野さん」
満面の笑みで目を輝かせる日和に、日向は思わずドキッとして視線を伏せた。



