恋愛日和〜真逆の二人が惹かれ合うまで〜

「どうだ?少しは落ち着いたか?」
「はい。すみません、佐野さん。またご迷惑をおかけして」
「気にするな。営業の連中が飲ませ過ぎたのが悪いんだ。もう休め」

掛け布団をめくって促すと、日和は大人しく横になった。

「あの、佐野さん?」
「なんだ?」
「1時間後にアラームをセットしてもらえますか?私、やり方が分からなくて」
「いいけど、なんで?」
「だって歯磨きも洗顔も、着替えもしてないから」
「ああ、そうか」

律儀だな、と日向は感心する。

「でも1時間後に起きるって、結構ダルいぞ。今がんばってやったら?」
「うん……、そうしようかな」

トロンと眠そうにしながら、日和はゆっくりと起き上がる。

「一人で大丈夫か?」
「はい」

バスルームに向かった日和を待つ間、日向はなんとなくベッドの上に目をやった。
白くてふわふわした犬のぬいぐるみが置いてある。

(可愛いな、こいつ。ジョリーみたい)

そう思い、ポンポンと頭をなでる。
と、首にリボンで付けられたタグが目に入った。
手書きで何やら書かれている。

(ん?名前か?ジョリー…って、ええ!?)

思わず飛びすさり、バクバクする心臓を手で押さえた。

(な、なんで?たまたま?偶然一緒なだけか?)

そうに違いない。
実家の犬の話を日和にしたことはないはず。

(うちのジョリーのことなんて、知ってる訳ないよな。エスパーじゃないんだから)

その時カチャッとドアが開いて、部屋着に着替えた日和が戻って来た。
無事に顔も洗って歯磨きも済ませたようだ。

「ほら、早くベッドに入れ」
「はい」

ポワンとした表情で、日和はなんとかベッドにたどり着き、コロンと横になる。

「おやすみ、ゆっくり休め。鍵はドアポケットに入れておくからな」

そう言って日向が立ち上がると、日和が小さく「佐野さん」と呼んだ。

「ん?なんだ」
「私……、ひとり暮らしが怖いんです」
「え?」

日向はハッとして言葉を失う。

「アパートにいた時は、ゴンさんがいてくれました。そのあとは佐野さんがいてくれて、何かあったらいつでも助けてもらえるって、心強かったです。でも今、誰もそばにいなくて……。夜、一人でいると怖くなるんです」
「宇野……」

日和の目からポロポロと涙がこぼれ落ちる。

「私、もういい大人なのに。社会人なのに。子どもじゃないんだから、こんな情けないこと言ったらだめなのに……」
「だめじゃない」

気がつくと日向は再び座り込み、日和の頭を抱き寄せていた。

「ちっともだめじゃない。あんな大変な目に遭ったんだ、怖くなって当然だ。それにお前は立派な社会人だ。仕事もしっかりこなしてる。みんながお前を認めてるぞ」
「でも、夜になるとどうしても涙が出てきて……。寂しくてぬいぐるみまで買っちゃうし、子どもみたいで情けなくて」
「そんなことはない。宇野、急いで大人になるな。ゆっくりでいい。それに大人だって泣いていいんだから、泣きたい時は我慢するな」

日和はぱちぱちと瞬きする。

「泣いても、いいの?」
「ああ、いくらでも泣けばいい」
「いい大人が、ってドン引きされない?」

ふっ、と日向は笑みをもらす。

「なら、俺の前で泣けばいい。いつだって受け止めてやるから」
「本当に?」
「ああ」
「良かった、嬉しい……」

日和はようやく安心したように笑顔を見せると、スーッと眠りに落ちた。
しばらく寝顔を眺めながら、優しく日和の頭をなでる。
それだけで日向は、何とも言えない幸せな気持ちになった。

そろそろ帰ろうと日和の頭から手を離すと、いつの間にか日和に袖口を握られていたのに気づく。
そっと日和の手を取って引き離すと、ギュッと手を握り返された。

(まいったな……)

困って視線を上げると、犬のぬいぐるみと目が合う。
日和の手にぬいぐるみを握らせると、日和は両手で胸に抱きしめた。

(良かった。頼んだぞ、ジョリー)

ポンポンとジョリーの頭に手をやってから立ち上がり、玄関を出る。
外から鍵をかけてドアポケットに入れると、日向は日和のマンションをあとにした。