それから1ヶ月が経ち、すっかり秋の気配が深まってきた。
「宇野、そろそろ行くぞ」
「はい」
資料を確認すると二人でオフィスを出てエントランスに下りる。
今日の訪問先は企業ではなく総合病院。
日和だけでなく、日向も初めて訪れる病院だった。
これまでもブレイン印刷は、独自の画像処理技術でX線やCT、MRIなどの画像データを自動解析し、医師の診断の正確性を高めてきた。
今回新たに総合病院の医師の監修のもと、より正確性の高い画像診断をサポートするシステムを開発することになり、まずは簡単な顔合わせをすることになっている。
「ここから徒歩20分か。結構歩くな。タクシー使うか?」
最寄り駅に着くと、日和のパンプスを気にして日向が尋ねた。
「いえ、歩けます。道順も覚えたいですし」
「そうか、じゃあ行こう」
日向は病院のホームページで見た略図を思い出しながら歩き、日和はスマートフォンをぐるぐる回しながらついて行く。
迷うことなく、約束の時間の10分前に到着した。
「ちょっと時間潰すか」
「はい。わー、広くて天井の高いロビーですね」
上を見上げて立ち止まった日和に、横から資料を見ながら歩いて来た白衣姿のドクターがぶつかりそうになる。
「宇野」
日向は日和の肩を抱き寄せた。
「え?あっ、ごめんなさい」
「おっと、こちらこそ失礼」
すれすれですれ違ったドクターが顔を上げ、日和に会釈する。
次の瞬間、二人は「え?」と顔を見合わせて固まった。
「もしかして、日和?」
「かずくん!?」
「やっぱり日和か!どうしたんだ?こんなところで」
笑顔で声を弾ませる二人を、日向は戸惑いながら見守る。
「仕事で来たの。それよりかずくんこそどうしたの?千葉の病院で働いてたんじゃなかったっけ?」
「4月からここに異動になったんだ。日和の仕事って、もしかしてブレインの?」
「うん、そうだよ」
「やっぱり!お前が担当だったのか。実は俺もなんだ」
「そうなの?すごい偶然だね」
「これから会議室に行くから、案内するよ」
「うん。あ、かずくん、紹介するね。私の先輩の佐野さん」
振り返られて、ようやく日向は歩み寄る。
「初めまして。ブレイン印刷株式会社、営業部の佐野と申します」
「初めまして。脳外科医の奥田和幸です。いつも日和がお世話になっています」
「こちらこそ」
平静を装ってそう答えるが、心の中は乱れに乱れていた。
(どういう関係だ?身内ではなさそうだし。それなのに、日和がお世話になってます、なんて)
父親代わりというゴンさんを思い出すが、明らかにこの人は違うだろう。
なにせ、他の人がチラリと横目で見ていくほど顔立ちの整った、若くて背の高いドクターなのだから。
「佐野さん、この人は私の幼馴染なんです」
「幼馴染?ってことは、実家が近いのか?」
「はい。母親同士が仲良くて、いつも一緒に遊んでました。というより、7歳も上なので遊んでもらってたって感じですけど。勉強を教えてもらったり」
「そうか」
返事をするのが精いっぱいの日向に、奥田がにこやかに話しかけてきた。
「佐野さん、少し早いですが会議室にご案内しましょうか」
「あ、はい。お願いいたします」
「ではこちらへどうぞ。日和も」
日和と呼び捨てにする奥田に、日向は妙にカチンときた。
(ひよちゃん、ならまだ許す。けど、日和はだめだ!)
そう思ってから、なぜ腹が立つ?彼氏でもないのに、と自問自答する。
心を落ち着けてから、二人のあとをついて行った。
「日和、お盆休みも実家に帰らなかっただろ?おじさんもおばさんも、がっかりしてたぞ」
「ああ、うん。ちょっとバタバタしててね」
「聞いた。アパートでボヤ騒ぎがあって、引っ越したんだって?前から心配してたんだよ。今度の部屋は大丈夫なのか?」
「うん!セキュリティーもしっかりしてるマンションだよ。あ、携帯番号も変わったんだ。教えておくね。えっと番号は……」
日向から名義変更したスマートフォンを手に、日和は操作に手間取っている。
「相変わらず機械オンチだな。貸してみ」
奥田がスマートフォンを取り上げ、ササッと操作して登録を済ませた。
「ありがと!さすがかずくん」
「これくらい普通だろ?日和が疎すぎるの」
日和、と聞くたびに、日向はピクッと反応してしまう。
(それになんだよ、かずくんって。俺は佐野さんだし、ゴンさんもさん付けだぞ?くんってなんだよ、くんって)
心の中でひとりごちていると、広い会議室に通された。
「どうぞ、おかけください。もうすぐ上司も参りますので。今、コーヒーを淹れますね」
「いえ、どうぞお気遣いなく」
日向は日和と並んで座り、資料を用意する。
奥田の上司である准教授がやって来ると、気持ちを切り替えて打ち合わせを始めた。
「宇野、そろそろ行くぞ」
「はい」
資料を確認すると二人でオフィスを出てエントランスに下りる。
今日の訪問先は企業ではなく総合病院。
日和だけでなく、日向も初めて訪れる病院だった。
これまでもブレイン印刷は、独自の画像処理技術でX線やCT、MRIなどの画像データを自動解析し、医師の診断の正確性を高めてきた。
今回新たに総合病院の医師の監修のもと、より正確性の高い画像診断をサポートするシステムを開発することになり、まずは簡単な顔合わせをすることになっている。
「ここから徒歩20分か。結構歩くな。タクシー使うか?」
最寄り駅に着くと、日和のパンプスを気にして日向が尋ねた。
「いえ、歩けます。道順も覚えたいですし」
「そうか、じゃあ行こう」
日向は病院のホームページで見た略図を思い出しながら歩き、日和はスマートフォンをぐるぐる回しながらついて行く。
迷うことなく、約束の時間の10分前に到着した。
「ちょっと時間潰すか」
「はい。わー、広くて天井の高いロビーですね」
上を見上げて立ち止まった日和に、横から資料を見ながら歩いて来た白衣姿のドクターがぶつかりそうになる。
「宇野」
日向は日和の肩を抱き寄せた。
「え?あっ、ごめんなさい」
「おっと、こちらこそ失礼」
すれすれですれ違ったドクターが顔を上げ、日和に会釈する。
次の瞬間、二人は「え?」と顔を見合わせて固まった。
「もしかして、日和?」
「かずくん!?」
「やっぱり日和か!どうしたんだ?こんなところで」
笑顔で声を弾ませる二人を、日向は戸惑いながら見守る。
「仕事で来たの。それよりかずくんこそどうしたの?千葉の病院で働いてたんじゃなかったっけ?」
「4月からここに異動になったんだ。日和の仕事って、もしかしてブレインの?」
「うん、そうだよ」
「やっぱり!お前が担当だったのか。実は俺もなんだ」
「そうなの?すごい偶然だね」
「これから会議室に行くから、案内するよ」
「うん。あ、かずくん、紹介するね。私の先輩の佐野さん」
振り返られて、ようやく日向は歩み寄る。
「初めまして。ブレイン印刷株式会社、営業部の佐野と申します」
「初めまして。脳外科医の奥田和幸です。いつも日和がお世話になっています」
「こちらこそ」
平静を装ってそう答えるが、心の中は乱れに乱れていた。
(どういう関係だ?身内ではなさそうだし。それなのに、日和がお世話になってます、なんて)
父親代わりというゴンさんを思い出すが、明らかにこの人は違うだろう。
なにせ、他の人がチラリと横目で見ていくほど顔立ちの整った、若くて背の高いドクターなのだから。
「佐野さん、この人は私の幼馴染なんです」
「幼馴染?ってことは、実家が近いのか?」
「はい。母親同士が仲良くて、いつも一緒に遊んでました。というより、7歳も上なので遊んでもらってたって感じですけど。勉強を教えてもらったり」
「そうか」
返事をするのが精いっぱいの日向に、奥田がにこやかに話しかけてきた。
「佐野さん、少し早いですが会議室にご案内しましょうか」
「あ、はい。お願いいたします」
「ではこちらへどうぞ。日和も」
日和と呼び捨てにする奥田に、日向は妙にカチンときた。
(ひよちゃん、ならまだ許す。けど、日和はだめだ!)
そう思ってから、なぜ腹が立つ?彼氏でもないのに、と自問自答する。
心を落ち着けてから、二人のあとをついて行った。
「日和、お盆休みも実家に帰らなかっただろ?おじさんもおばさんも、がっかりしてたぞ」
「ああ、うん。ちょっとバタバタしててね」
「聞いた。アパートでボヤ騒ぎがあって、引っ越したんだって?前から心配してたんだよ。今度の部屋は大丈夫なのか?」
「うん!セキュリティーもしっかりしてるマンションだよ。あ、携帯番号も変わったんだ。教えておくね。えっと番号は……」
日向から名義変更したスマートフォンを手に、日和は操作に手間取っている。
「相変わらず機械オンチだな。貸してみ」
奥田がスマートフォンを取り上げ、ササッと操作して登録を済ませた。
「ありがと!さすがかずくん」
「これくらい普通だろ?日和が疎すぎるの」
日和、と聞くたびに、日向はピクッと反応してしまう。
(それになんだよ、かずくんって。俺は佐野さんだし、ゴンさんもさん付けだぞ?くんってなんだよ、くんって)
心の中でひとりごちていると、広い会議室に通された。
「どうぞ、おかけください。もうすぐ上司も参りますので。今、コーヒーを淹れますね」
「いえ、どうぞお気遣いなく」
日向は日和と並んで座り、資料を用意する。
奥田の上司である准教授がやって来ると、気持ちを切り替えて打ち合わせを始めた。



