次の土曜日。
いよいよ日和の引っ越しの日を迎えた。
と言っても、荷物は服など身の回りのものだけだ。
家具も家電もそのまま譲ってもらえた為、身ひとつで入居する。
日和は朝から料理を作って冷蔵庫に入れると、掃除と洗濯も念入りに済ませる。
最後にベッドシーツを新しいものに交換し、荷物を持って玄関に向かった。
靴を履く日和に、日向が尋ねる。
「ほんとに車で送らなくていいのか?」
「はい。荷物もこれだけですから」
「でも……」
日向は、なんとかして日和を送りたいと思っている自分に気づいた。
少しでも長く日和と一緒にいたい。
もっと言うと、このままここにいろと引き留めたかった。
(バカな。そんなこと、出来るはずもないのに)
これは結局、慣れの問題なのだ。
二人で過ごすことに慣れたせいで、今は一時的に寂しくなっているだけなのだ。
しばらくすればまたひとり暮らしに慣れて、彼女のことは思い出さなくなる。
そう、きっとそうなるはず。
やがて日和が日向に向き合い、真剣に口を開いた。
「佐野さん、色々と大変お世話になりました。感謝してもし切れません。本当にありがとうございました」
「いや、こちらこそ。食事を作ってくれてありがとう。美味しかった」
「いえ、とんでもない。それから合鍵もお返しします。ありがとうございました」
差し出された鍵を受け取ると、何とも言えない気持ちが込み上げ、心がヒヤリとした。
「ではまた会社で」
「ああ。気をつけて」
「はい。失礼します」
玄関のドアを開けて日和が出ていく。
パタンとドアが閉まると、日向はギュッと鍵を握りしめてうつむいた。
トボトボとリビングに戻ると、テーブルに置かれたフラワーアレンジメントが目に入る。
「佐野さんのイメージで、ブルーでまとめてみました」
そう言って笑っていた夕べの日和を思い出す。
たった今別れたばかりだというのに、もう既に会いたくなった。
リビングを出ると、ずっと閉じたままだった寝室のドアが開いているのに気づく。
綺麗に整えられたベッドの上に、封筒がポツンと置かれていた。
(なんだろう。忘れ物か?)
ベッドに腰掛けて手に取ってみると、封筒には「佐野さんへ」と書かれていた。
ひとつ息を吸ってから封を開ける。
手紙とお札が数枚入っていた。
『佐野さんへ
今まで本当にありがとうございました。
火事で部屋が焼けた時は、どん底に突き落とされたように不安でいっぱいでしたが、佐野さんに心も身体も救われました。
面と向かってお礼を言えず、お手紙ですみません。
私が作る料理をいつも美味しいと食べてくれて、嬉しかったです。
フラワーセンターにも連れて行ってくださって、ありがとうございました。一緒に絵を描いて笑い合って、とても楽しかったです。
私の生けた花を綺麗だと褒めてくださって、ありがとうございました。
私に内緒でソファで寝てくださってましたよね?私にバレないように、いつも私より早起きして。すみませんでした。
これからはゆっくりベッドで寝てくださいね。
言葉にしなくても伝わってくる佐野さんの優しさが、とても嬉しかったです。
私が不安な時、いつもそばにいてくださって、本当にありがとうございました。
宇野 日和 』
読み終えると、グッと唇を噛みしめる。
(大丈夫、こんな気持ちになるのも今日だけだ。明日になれば大丈夫。こんなにも寂しくなるのは、今日だけ……)
何度も己に言い聞かせ、日向は込み上げる涙を必死に堪えていた。
いよいよ日和の引っ越しの日を迎えた。
と言っても、荷物は服など身の回りのものだけだ。
家具も家電もそのまま譲ってもらえた為、身ひとつで入居する。
日和は朝から料理を作って冷蔵庫に入れると、掃除と洗濯も念入りに済ませる。
最後にベッドシーツを新しいものに交換し、荷物を持って玄関に向かった。
靴を履く日和に、日向が尋ねる。
「ほんとに車で送らなくていいのか?」
「はい。荷物もこれだけですから」
「でも……」
日向は、なんとかして日和を送りたいと思っている自分に気づいた。
少しでも長く日和と一緒にいたい。
もっと言うと、このままここにいろと引き留めたかった。
(バカな。そんなこと、出来るはずもないのに)
これは結局、慣れの問題なのだ。
二人で過ごすことに慣れたせいで、今は一時的に寂しくなっているだけなのだ。
しばらくすればまたひとり暮らしに慣れて、彼女のことは思い出さなくなる。
そう、きっとそうなるはず。
やがて日和が日向に向き合い、真剣に口を開いた。
「佐野さん、色々と大変お世話になりました。感謝してもし切れません。本当にありがとうございました」
「いや、こちらこそ。食事を作ってくれてありがとう。美味しかった」
「いえ、とんでもない。それから合鍵もお返しします。ありがとうございました」
差し出された鍵を受け取ると、何とも言えない気持ちが込み上げ、心がヒヤリとした。
「ではまた会社で」
「ああ。気をつけて」
「はい。失礼します」
玄関のドアを開けて日和が出ていく。
パタンとドアが閉まると、日向はギュッと鍵を握りしめてうつむいた。
トボトボとリビングに戻ると、テーブルに置かれたフラワーアレンジメントが目に入る。
「佐野さんのイメージで、ブルーでまとめてみました」
そう言って笑っていた夕べの日和を思い出す。
たった今別れたばかりだというのに、もう既に会いたくなった。
リビングを出ると、ずっと閉じたままだった寝室のドアが開いているのに気づく。
綺麗に整えられたベッドの上に、封筒がポツンと置かれていた。
(なんだろう。忘れ物か?)
ベッドに腰掛けて手に取ってみると、封筒には「佐野さんへ」と書かれていた。
ひとつ息を吸ってから封を開ける。
手紙とお札が数枚入っていた。
『佐野さんへ
今まで本当にありがとうございました。
火事で部屋が焼けた時は、どん底に突き落とされたように不安でいっぱいでしたが、佐野さんに心も身体も救われました。
面と向かってお礼を言えず、お手紙ですみません。
私が作る料理をいつも美味しいと食べてくれて、嬉しかったです。
フラワーセンターにも連れて行ってくださって、ありがとうございました。一緒に絵を描いて笑い合って、とても楽しかったです。
私の生けた花を綺麗だと褒めてくださって、ありがとうございました。
私に内緒でソファで寝てくださってましたよね?私にバレないように、いつも私より早起きして。すみませんでした。
これからはゆっくりベッドで寝てくださいね。
言葉にしなくても伝わってくる佐野さんの優しさが、とても嬉しかったです。
私が不安な時、いつもそばにいてくださって、本当にありがとうございました。
宇野 日和 』
読み終えると、グッと唇を噛みしめる。
(大丈夫、こんな気持ちになるのも今日だけだ。明日になれば大丈夫。こんなにも寂しくなるのは、今日だけ……)
何度も己に言い聞かせ、日向は込み上げる涙を必死に堪えていた。



