「うわー、綺麗!」
「ほんとだ。夏なのにこんなにたくさん咲いてるんだな」

車で一時間ほど走った所にあるフラワーセンターは、夏の日射しを浴びて色鮮やかな花が咲き乱れていた。

バラやハス、スイレンにダリアにブーゲンビリア。サルスべリやひまわりも見事に咲き誇っている。

「マリーゴールドと千日紅も可愛い!」

日和は目を輝かせて、新しいスマートフォンでたくさん写真を撮る。
その様子を、日向は新鮮な気持ちで見つめていた。
フラワーセンターに行こうなど、自分一人では絶対に思いつかない。
それに今までつき合った女性にも、リクエストされたことはなかった。

(ジュエリーショップとか、話題のレストランにばかり連れて行かれたな)

そんなことを思っていると、日和は斜め掛けしたバッグからメモ帳と鉛筆を取り出した。
あれ?と日向は首をひねる。

「それって、いつも持ち歩いてたメモ帳?」

すると日和は日向を振り返り、寂しそうに呟いた。

「いえ、あれは焼けてしまったので新しいのを買いました」
「そうか」

日向は以前、何気なく話したプリズムのことをメモしていた日和を思い出す。
きっと肌身離さず持ち歩き、日々のことを印していた大切なメモ帳だっただろう。
新しく買い直しても、書き留めた内容は戻らない。

(このメモ帳にもたくさん書き込めるように、何か話をしてやりたい)

そう思ったが、いかんせん花については詳しくない。

(夏の豆知識はどうだ?モスキートトーンは蚊の羽音よりも遥かに高音で性質が異なるとか、そうめんとひやむぎは麺の太さが違うだけとか、かき氷のシロップはイチゴもメロンもレモンも全部同じ味とか?)

日向が考え込んでいると、日和は何やらサラサラとメモ帳に鉛筆を走らせる。

「何を書いてるんだ?」

思わず尋ねてみた。

「花のスケッチです」
「へえ、見てもいいか?」
「だめです!私、下手なので」
「いや、間違いなく俺よりは上手いと思うぞ」
「そんなの分からないじゃないですか」
「いや、分かる。なんなら描いてみようか?」

そう言うと日和はいたずらっ子みたいに目を輝かせた。

「はい!見てみたいです」
「じゃあ、お互いに描いて見せ合おう」

二人でベンチに座り、ひまわりの絵を描く。
さっさと描き終わった日向に対して、日和は完全にスイッチが入ったように熱心に時間をかけて描いている。

(もうこの時点で勝負は見えてるな)

日向は苦笑いしながらのんびりと待った。

「出来た!」
「おっ、じゃあせーので見せよう」

二人で「せーの!」と声を揃えて絵を掲げる。

「おおー!」
「ええー!?」

同時に真逆の声を上げ、やがて二人で笑い出した。

「こうも見事に違うとは」
「佐野さん、サインだけやたらかっこいいですよ」
「うん。シュールだなあ」
「確かに」

そしてまた顔を見合わせて笑った。