トントントン……と包丁の小気味良い音が聞こえてきて、日向は思わず顔を上げる。
買ったばかりのエプロンを着けて、日和がキッチンに立っていた。
テキパキと手際良く野菜や肉を切ると、フライパンでジューッと炒めている。
その横顔は何やら楽しそうで、日向も頬を緩めた。
(少しは気持ちが落ち着いたみたいだな。椿との買い物も、いい気分転換になったみたいだし)
良かった、と安堵すると、これからやらなければいけないことを頭の中で整理する。
(火災保険の手続きとクレジットカード会社への連絡は済ませた。お盆休みが明ければ銀行の窓口へ行くのと、健康保険証や運転免許証、パスポートの再発行なんかも)
そこまで考えてふと思い出す。
「宇野、実家へは連絡したのか?」
すると日和は顔を上げてから、困ったように手を止めてうつむいた。
「どうした?まだ連絡してないのか?」
「はい。あの、言い出し辛くて……。父は心配性なので、言えばすぐにでも田舎に呼び戻されて、東京での仕事も辞めさせられると思うんです。すみません、本当なら実家に帰って親からお金を借りるべきですよね。こんなふうに佐野さんにご迷惑をおかけする前に」
「いや、俺のことはいい。けどこのまま知らせない訳にもいかないだろ?携帯番号も変わったし」
「電話はアプリでかかってくるから大丈夫なんですけど、そうですよね。いつかは知らせないと。新しく住む場所が決まってから連絡してもいいでしょうか?」
うーん、と日向は腕を組んで考えを巡らせる。
「あまり賛成はしたくないけど、お前がそう言うなら。ただしその前にご両親から電話があったら 、その時は正直に話すんだぞ?」
「はい、分かりました」
日和は素直に返事をすると、また料理に戻る。
次々と仕上げてはダイニングテーブルに並べていった。
「いい匂いだな、うまそう。韓国料理か?なんて名前?」
待ち切れなくなった日向がテーブルにつくと、日和は困ったように小首を傾げる。
「えっと、名前はよく分かりません。豆腐とキムチと卵の小鍋に、こっちは厚揚げとキャベツとニンジンともやしを豆板醤で炒めたもの、これは牛肉の細切りと野菜をコチュジャンで炒めてご飯に混ぜました」
は……?と、日向は目が点になる。
「え、レシピに名前載ってないのか?」
「レシピは見てません」
「じゃあ、どうやって作ったんだ?」
「適当です」
「適当!?料理って、レシピなくて作れるもんなの?」
「えっと、私はいつもなんとなくで作っています。すみません、ちゃんとした料理じゃなくて。佐野さんからしたら、レシピも見ずに適当に作るなんてあり得ませんよね」
「いや、そういう意味じゃない。単に驚いた。そんなこと出来るのかって」
日向はまじまじと並べられた料理を見てみたが、どれも美味しそうだった。
「早速いただいてもいいか?」
「はい。あ、ビールも用意しますね」
冷蔵庫からよく冷えたビールを取り出し、二人で乾杯して料理を味わう。
「うまっ!めちゃくちゃ美味しいな、これ。名前はないけど」
「ふふっ、良かったです。ビールにも合いますか?」
「ああ、最高の組み合わせ。家でこんなうまいもんが食えるなんて感激だ」
「え、そんなに?」
「あー、幸せ。俺もう今夜は心置きなく酔っ払うわ」
「あはは!酔っ払い宣言ですか?」
パクパクと料理を平らげていく日向に、日和は目を細める。
綺麗に全て食べ終わると、日和はまだ飲み足りない日向をソファに促した。
「よかったらどうぞ。余ったキムチとナムルです」
そう言ってビールと一緒に小皿を並べる。
「おっ、サンキュー」
日向は再び晩酌を楽しみ、日和はキッチンで洗い物を済ませた。
「宇野、先に風呂入って寝な。俺、今夜はもうとことん酒を楽しむわ」
「ふふふ、はい。ではそうさせていただきます。おつまみは足りますか?」
「ああ、充分だ」
「あんまり飲み過ぎないようにしてくださいね。それと、ちゃんとベッドで寝てくださいね」
別の部屋にもベッドがあると思い込んでいる日和に、日向は「分かってるよ」と返事をする。
「それでは、おやすみなさい」
「おやすみ」
日和がリビングを出て行ったあとも、日向は遅くまでお酒を楽しんでいた。
買ったばかりのエプロンを着けて、日和がキッチンに立っていた。
テキパキと手際良く野菜や肉を切ると、フライパンでジューッと炒めている。
その横顔は何やら楽しそうで、日向も頬を緩めた。
(少しは気持ちが落ち着いたみたいだな。椿との買い物も、いい気分転換になったみたいだし)
良かった、と安堵すると、これからやらなければいけないことを頭の中で整理する。
(火災保険の手続きとクレジットカード会社への連絡は済ませた。お盆休みが明ければ銀行の窓口へ行くのと、健康保険証や運転免許証、パスポートの再発行なんかも)
そこまで考えてふと思い出す。
「宇野、実家へは連絡したのか?」
すると日和は顔を上げてから、困ったように手を止めてうつむいた。
「どうした?まだ連絡してないのか?」
「はい。あの、言い出し辛くて……。父は心配性なので、言えばすぐにでも田舎に呼び戻されて、東京での仕事も辞めさせられると思うんです。すみません、本当なら実家に帰って親からお金を借りるべきですよね。こんなふうに佐野さんにご迷惑をおかけする前に」
「いや、俺のことはいい。けどこのまま知らせない訳にもいかないだろ?携帯番号も変わったし」
「電話はアプリでかかってくるから大丈夫なんですけど、そうですよね。いつかは知らせないと。新しく住む場所が決まってから連絡してもいいでしょうか?」
うーん、と日向は腕を組んで考えを巡らせる。
「あまり賛成はしたくないけど、お前がそう言うなら。ただしその前にご両親から電話があったら 、その時は正直に話すんだぞ?」
「はい、分かりました」
日和は素直に返事をすると、また料理に戻る。
次々と仕上げてはダイニングテーブルに並べていった。
「いい匂いだな、うまそう。韓国料理か?なんて名前?」
待ち切れなくなった日向がテーブルにつくと、日和は困ったように小首を傾げる。
「えっと、名前はよく分かりません。豆腐とキムチと卵の小鍋に、こっちは厚揚げとキャベツとニンジンともやしを豆板醤で炒めたもの、これは牛肉の細切りと野菜をコチュジャンで炒めてご飯に混ぜました」
は……?と、日向は目が点になる。
「え、レシピに名前載ってないのか?」
「レシピは見てません」
「じゃあ、どうやって作ったんだ?」
「適当です」
「適当!?料理って、レシピなくて作れるもんなの?」
「えっと、私はいつもなんとなくで作っています。すみません、ちゃんとした料理じゃなくて。佐野さんからしたら、レシピも見ずに適当に作るなんてあり得ませんよね」
「いや、そういう意味じゃない。単に驚いた。そんなこと出来るのかって」
日向はまじまじと並べられた料理を見てみたが、どれも美味しそうだった。
「早速いただいてもいいか?」
「はい。あ、ビールも用意しますね」
冷蔵庫からよく冷えたビールを取り出し、二人で乾杯して料理を味わう。
「うまっ!めちゃくちゃ美味しいな、これ。名前はないけど」
「ふふっ、良かったです。ビールにも合いますか?」
「ああ、最高の組み合わせ。家でこんなうまいもんが食えるなんて感激だ」
「え、そんなに?」
「あー、幸せ。俺もう今夜は心置きなく酔っ払うわ」
「あはは!酔っ払い宣言ですか?」
パクパクと料理を平らげていく日向に、日和は目を細める。
綺麗に全て食べ終わると、日和はまだ飲み足りない日向をソファに促した。
「よかったらどうぞ。余ったキムチとナムルです」
そう言ってビールと一緒に小皿を並べる。
「おっ、サンキュー」
日向は再び晩酌を楽しみ、日和はキッチンで洗い物を済ませた。
「宇野、先に風呂入って寝な。俺、今夜はもうとことん酒を楽しむわ」
「ふふふ、はい。ではそうさせていただきます。おつまみは足りますか?」
「ああ、充分だ」
「あんまり飲み過ぎないようにしてくださいね。それと、ちゃんとベッドで寝てくださいね」
別の部屋にもベッドがあると思い込んでいる日和に、日向は「分かってるよ」と返事をする。
「それでは、おやすみなさい」
「おやすみ」
日和がリビングを出て行ったあとも、日向は遅くまでお酒を楽しんでいた。