「ほら、入って」
「お邪魔します」
アパートから歩いて10分ほどの、ゴンさんの仕事場である建設現場のプレハブ事務所。
ゴンさんに促されて、日和はパイプ椅子に腰を下ろした。
「はい、麦茶。ちょっとでもいいから、飲みな」
「ありがとう」
ゴンさんからグラスを受け取り、日和はゆっくりと口をつける。
煙を吸い込んでヒリヒリしていた喉を、麦茶はひんやりと潤してくれた。
ふう、と小さく息をつくと、日和はこれからのことを考える。
財布もスマートフォンも持たず、文字通り身ひとつで逃げ出して来た。
様子を見に来た近所の人にサンダルを借りて、ゴンさんに言われるがままにここまでついて来たのだった。
「ひよ、しばらくは俺と一緒にこの事務所で寝泊まりしていいってさ」
スマートフォンで社長と話していたゴンさんが、日和を振り返る。
「俺は財布もスマホもポケットに入れたままうたた寝してたから良かったけど、ひよは着の身着のままだろ?」
「うん……」
「社長に事情を話したら、落ち着くまでここにいたらいいって。狭いけど和室があるからさ」
「ありがとう、ゴンさん」
「それにしても、とんだ災難だな。2階のやっさんの寝タバコが火災の原因だったって。あれほど気をつけろって言ってあったのに」
「うん……」
うつむいたままの日和に、ゴンさんは真剣な表情で話し始めた。
「ひよちゃん、誰かに連絡するか?俺のスマホ貸すから」
「ああ、そうだね。えっと、朝になったら実家に電話して、無事だって知らせるね」
今はまだ夜中の2時で、両親を起こすのは忍びなかった。
「分かった。他には?近くにいる友達とか」
「それがスマホがないから、連絡先が分からなくて」
「うーん、そっか。あ!仕事は?」
「今日からお盆休みだから大丈夫」
「けど、生活もままならなくなったんだから、それは伝えておかないと」
「そうだね。でも会社に電話しても誰も出ないし。あ!社員の個人メールアドレスなら分かるかも。みんなフルネームのはずだから」
そうか!とゴンさんは早速日和にスマートフォンを差し出した。
「取り敢えずメールしておけ。誰でもいいから」
「うん」
日和は少し迷ってから、宛先に『hyugasano@……』と入力する。
件名に『宇野です』と入れてから、本文に状況を簡潔に打ち込んだ。
「会社じゃないから見てもらえないかな?スマホや自宅パソコンと同期してたら、いつか見てもらえるかも」
「うん。とにかく送っておけ」
「そうだね」
ゴンさんに言われて、日和は送信ボタンを押した。
「ありがとう、ゴンさん」
スマートフォンを返して、日和はため息をつく。
「大変なことになっちゃったなあ」
「まあな。でもケガもなく無事で本当に良かった。いいか?ひよちゃん。命さえあればなんとかなる。とにかく無事だったんだ。それだけで御の字だ」
「うん、そうだね」
「ああ。ひよちゃんは若い。人生だってまだまだこれからだ。大丈夫、必ずまた元の生活に戻れるからな」
人生経験豊富なゴンさんに言われると心強い。
日和は、うん!と明るく頷いた。
その時、ゴンさんのスマートフォンにメールの通知が届く。
「おっ、ひよちゃん!返信が来たぜ」
「え、ほんと?」
ゴンさんが差し出したスマートフォンを受け取ると、件名に『佐野です』とあった。
「佐野さん!こんな真夜中に読んでくれたんだ」
「ひよちゃん、早く開いてみなよ」
「うん」
タップすると、ほんの数行しか書かれていない。
『お世話になります。宇野の会社の同僚の佐野と申します。取り急ぎ、電話で宇野と話をさせていただけますでしょうか?私の携帯番号を記載しておきます』
そのあとに番号が書いてある。
恐らくゴンさんに宛てた文章だろう。
日和はゴンさんに画面を見せた。
「ひよちゃん、早く電話しな。俺は外に出てるから」
「え?いや、そんな。大丈夫だから」
そう言うが、ゴンさんはさっさと引き戸を開けて出て行った。
「お邪魔します」
アパートから歩いて10分ほどの、ゴンさんの仕事場である建設現場のプレハブ事務所。
ゴンさんに促されて、日和はパイプ椅子に腰を下ろした。
「はい、麦茶。ちょっとでもいいから、飲みな」
「ありがとう」
ゴンさんからグラスを受け取り、日和はゆっくりと口をつける。
煙を吸い込んでヒリヒリしていた喉を、麦茶はひんやりと潤してくれた。
ふう、と小さく息をつくと、日和はこれからのことを考える。
財布もスマートフォンも持たず、文字通り身ひとつで逃げ出して来た。
様子を見に来た近所の人にサンダルを借りて、ゴンさんに言われるがままにここまでついて来たのだった。
「ひよ、しばらくは俺と一緒にこの事務所で寝泊まりしていいってさ」
スマートフォンで社長と話していたゴンさんが、日和を振り返る。
「俺は財布もスマホもポケットに入れたままうたた寝してたから良かったけど、ひよは着の身着のままだろ?」
「うん……」
「社長に事情を話したら、落ち着くまでここにいたらいいって。狭いけど和室があるからさ」
「ありがとう、ゴンさん」
「それにしても、とんだ災難だな。2階のやっさんの寝タバコが火災の原因だったって。あれほど気をつけろって言ってあったのに」
「うん……」
うつむいたままの日和に、ゴンさんは真剣な表情で話し始めた。
「ひよちゃん、誰かに連絡するか?俺のスマホ貸すから」
「ああ、そうだね。えっと、朝になったら実家に電話して、無事だって知らせるね」
今はまだ夜中の2時で、両親を起こすのは忍びなかった。
「分かった。他には?近くにいる友達とか」
「それがスマホがないから、連絡先が分からなくて」
「うーん、そっか。あ!仕事は?」
「今日からお盆休みだから大丈夫」
「けど、生活もままならなくなったんだから、それは伝えておかないと」
「そうだね。でも会社に電話しても誰も出ないし。あ!社員の個人メールアドレスなら分かるかも。みんなフルネームのはずだから」
そうか!とゴンさんは早速日和にスマートフォンを差し出した。
「取り敢えずメールしておけ。誰でもいいから」
「うん」
日和は少し迷ってから、宛先に『hyugasano@……』と入力する。
件名に『宇野です』と入れてから、本文に状況を簡潔に打ち込んだ。
「会社じゃないから見てもらえないかな?スマホや自宅パソコンと同期してたら、いつか見てもらえるかも」
「うん。とにかく送っておけ」
「そうだね」
ゴンさんに言われて、日和は送信ボタンを押した。
「ありがとう、ゴンさん」
スマートフォンを返して、日和はため息をつく。
「大変なことになっちゃったなあ」
「まあな。でもケガもなく無事で本当に良かった。いいか?ひよちゃん。命さえあればなんとかなる。とにかく無事だったんだ。それだけで御の字だ」
「うん、そうだね」
「ああ。ひよちゃんは若い。人生だってまだまだこれからだ。大丈夫、必ずまた元の生活に戻れるからな」
人生経験豊富なゴンさんに言われると心強い。
日和は、うん!と明るく頷いた。
その時、ゴンさんのスマートフォンにメールの通知が届く。
「おっ、ひよちゃん!返信が来たぜ」
「え、ほんと?」
ゴンさんが差し出したスマートフォンを受け取ると、件名に『佐野です』とあった。
「佐野さん!こんな真夜中に読んでくれたんだ」
「ひよちゃん、早く開いてみなよ」
「うん」
タップすると、ほんの数行しか書かれていない。
『お世話になります。宇野の会社の同僚の佐野と申します。取り急ぎ、電話で宇野と話をさせていただけますでしょうか?私の携帯番号を記載しておきます』
そのあとに番号が書いてある。
恐らくゴンさんに宛てた文章だろう。
日和はゴンさんに画面を見せた。
「ひよちゃん、早く電話しな。俺は外に出てるから」
「え?いや、そんな。大丈夫だから」
そう言うが、ゴンさんはさっさと引き戸を開けて出て行った。



