ブランケット彼氏にサヨナラを

「ない、やっぱりなーい‼」

 大学に行く前に太陽に会う約束をしていたボクは、発狂しながら部屋のあらゆる物をひっくり返している。
 埃アレルギーでいつも整理整頓している部屋なのに、この一瞬でゴミ箱みたいになってしまった。

「あとちょっとで太陽が迎えに来るのに・・・!」

 部屋の掛け時計を確認しながらトートバックを裏返したボクはため息を吐いた。
 
(これだけ探しても無いということは・・・。)

 ボクは階段を駆け下りて、居間のドアを乱暴に開けた。

「萌々! ボクのユウくんが見当たらないんだけど、どこにあるか知らない⁉」

 スクールシャツにネクタイを着けていた萌々が、心底ウザそうにボクを見た。

「朝からうるせー女だな。なんだよ、ユウくんって。」
「ユウくんはボクの大事な人‼」
「は? オマエの彼氏は太陽じゃねーのかよ。」
「太陽も大事だけど、ユウくんはもっと大事!」
「そんなん知るか。」

 む、ムカつく~!

 最近の萌々は反抗期に磨きがかかっていて、ボクが何を言ってもトゲトゲしい対応をする。
 ボクのことを『オマエ』呼ばわりするし、色気づいて髪をワックスで固めたりするのも、生意気なことこの上ない。

(幼稚園のころは素直で可愛かったのになぁ。
 誰がお風呂入れたり遊んだりしてあげたと思ってんの?)

 ボクは萌々に言い返したくなるのをグッとこらえた。
 今は萌々の中二病にかまっているヒマはない。

 ボクは台所のシンクで洗い物をしているお母さんのそばに行った。

「ねぇ、ユウくんを洗ったりしてない?」
「まさか。ユウくんはアンタにしか洗わせないわよ。」

 お母さんは当然だというように澄まして茶碗に泡をつけた。

「アンタしか使わないんだから、もっとよく探しなさい。」
「えー? いっぱい探したもん‼」

 ボクはスマホの時間を確認してから、焦って地団太を踏んだ。

「ゼッタイにおかしいよ!
 おとといまで居間のソファに置いておいたのに。本当に誰も見てないの?」
「もしかしてユウくんってさー、あの汚いバスタオルのこと?」

 スマホを片手にハムエッグを食べ始めた萌々が、不意に顏を上げた。

「バスタオルじゃなくて、ブランケットだよ!」
「なんか、デタラメなツギハギだらけのヤツ?」
「そう。スモーキーピンクのフワフワの・・・。」
「それなら学校に持っていって、家庭科の授業で使ったけど?」
「・・・は?」
「先生に裁縫の授業で使うから、家にある古布を持ってこいって言われたの。そこに放置してあったから丁度いいかなと思って。」
「放置してないから!
 って、ユウくんを縫いなおした?ウソでしょ⁉」
「ホントホント。前よりキレイにできたよ。
 俺、家庭科の評価5だから。
 そういえば、俺の通学カバンにバスタオルは入れっぱなしだったわ。」
「ブランケットな!」

 その時、インターホンの音が家の中に鳴り響いた。
 ヤバイ。太陽だ!

「お母さん、太陽を玄関で待たせといて。ボク、萌々の部屋を見て来る。」
「オイ、勝手に俺の部屋に入るなよ。」
「ウルサイ‼」

 ボクは廊下に出ると急いで二階への階段を駆け上がった。
 嫌な予感がする。

 キレイに縫い直して、フワフワの手触りが消えてたらどうしよう。
 そもそもバスタオルと勘違いしてたなら、おかしな細工をされているかもしれない。

 中学生の頃に比べたらかなり人見知りもしなくなったし、太陽とつき合うようになってからはユウくんを外に持って行くことも減った。
 でも心の片隅ではずっと、中学生の頃に体験したユウくんとの不思議な日々が美しいままで記憶されている。

(ユウくん・・・!)

 萌々の部屋に入ったボクは、黒い通学カバンのジッパーを一気に引き下ろした。
 教科書と一緒にギュッと詰め込まれているスモーキーピンクの布を見つけたボクは、安心して涙腺が崩壊しそうになった。

「良かったぁ・・・ユウくん。」

 縫い目を見てみると、白い糸だけどボクの縫い目よりも丁寧な処理が施されている。
 ホッとした半面、粗野な萌々にこんな繊細な一面があることにボクは驚いた。

「あーあ。だから入んなって言ってんだろ!」

 いつの間にか萌々と太陽がドアのところに立っていた。

「た、太陽・・・! 玄関で待っててって言ったのに。」
「あ、そうなの? おばさんがフツーに二階に居るって教えてくれたけど。」

(お母さんめ!)

 ボクは抱きしめていたユウくん背中に隠して、太陽に謝った。

「待たせてゴメンね。今、ちょっと探し物をしてて。」
「俺はぜんぜん大丈夫。探し物は見つかった?」
「うん。」

 太陽の笑顔にホッとする。
 ユウくんのぬくもりとは違うけど、太陽の優しさはボクの温かいブランケットのようだ。

(そういえば昔、太陽もブランケットになったことがあるから、無意識に人を包むのは得意だったりして?) 
 
 ボクと太陽のやりとりを見ていた萌々がひとりで嘆いた。

「俺もウルサイねーちゃんじゃなくて、頼りになるアニキが欲しいよ。」
「それって、暗に俺に萌音と結婚しろって言ってんの?」
「いや、そこまでは言ってないっス。」

 太陽が萌々にウザ絡みすると、萌々がビビって背筋を伸ばした。
 
「それなら、僕が萌音と結婚して萌々のお兄ちゃんになってあげようか。」

 ボクの後ろから甘ったるい声が聴こえた。

 驚いて振り向くと、プラチナの繊細な髪に白い肌の美少年がきらめく笑顔で立っていた。
 フランネルのスモーキーピンクのパジャマがすこしヘタっているけど、昔の記憶そのままだ。

「ユウくん⁉」

 ボクが叫ぶと、萌々と太陽も低い声で驚きの声をあげた。

「だ、誰ですか?」
「オマエ、どこから入ってきたんだ⁉」

 二人とも、ユウくんが見えているみたい。
 もしかして・・・! 

 ボクはすぐにまた、萌々の通学カバンを漁った。

「おい、勝手に触るなって!」

 萌々を無視してカバンを逆さまにすると、見覚えのあるソーイングセットを見つけた。

 その中にあったのは木のボビンの白い糸だった。
 そうこれは、間違いなくボクのソーイングセット。

 萌々が勝手にボクの部屋の棚から持って行ったんだ!

「萌々、アンタにも魔女の力があるってこと?」
「ハァ? なんのことだよ⁉」

 ボクは事態が飲み込めずにキョトンとしているユウくんと三人を見比べているうちに、だんだんとおかしさがこみ上げてきた。

「もう・・・こんなの、変だよ。懐かしすぎて・・・アハハ!」

 ボクが弾けるように笑いだすと、萌々と太陽がお互いの顏を見つめ合った。

「懐かしい?」
「言われてみれば、そんな気もするような・・・。」
「みんな、大きくなったねー!」

 ユウくんがとびきりの笑顔で両手を広げた。

「じゃ、もう一度はじめよう! 仲良くなるために、みんなでくるまろー‼」

 強引に萌々と太陽の肩に両手をかけたユウくんは、僕にウインクした。

「ホラ、萌音も来て。」

 ボクは笑いながらその輪の中に入った。
 
「みんな、だーい好き!」

 肩を組んだ萌々が照れた顏をしながらボクを見た。

「優しいアニキも・・・悪くないかも。」


<終>