メッセージ
「ぶんちゃん、起きてぶんちゃん!」
沢山の管に繋がれている夫の腕にすがりついて叫ぶ。
朝出かけるときはいつもどおりの笑顔を見せてくれていたのに、今その目はかたく閉じられている。
やがて心拍数が弱くなり、担当医が脈拍を確認した。
「午後10時35分、ご臨終です」
夫のぶんちゃんが交通事故で死んだのは3ヶ月前のことだった。
「ユイさん、もう文太のことは忘れて」
「いいえお義母さん、ぶんちゃんはずっと私の胸の中にいます。絶対に忘れることはありません」
葬儀や納骨の忙しさであっという間に月日が流れて、義父母がぶんちゃんの遺品を整理しにやってきたときのことだった。
私はぶんちゃんとの思い出を整理することができなくて、できればそのまま残しておいてほしかったのだけれど、『このままじゃユイさんが前に進めないから』と、半ば強引に片付けられてしまった。
夫婦が使っていた寝室には大きなダンボールが積み上げられていて、その中にぶんちゃんのものが入れられている。
もちろん義父母がこれらすべてを持ち帰るわけじゃないけれど、私の目につかないようにすることで前を向かせようとしてくれているのだとわかった。
《ぶんちゃん、私ぶんちゃんのこと忘れないからね》
ぶんちゃんのスマホにメッセージを送るとすぐ近くで音が聞こえてくる。
《ありがとうユイ。愛してるよ》
「私も愛してる。ずっとずっと、愛してるから」
スマホを握りしめてまた、涙をこぼした。
《いってらっしゃい》
《行ってきます》
今日もぶんちゃんを玄関先で見送る。
スーツを着て笑顔で手を振るぶんちゃんが見える。
「今日の晩ごはんはぶんちゃんが大好きなロールキャベツにしようかな」
早くも今晩の献立を考えながら洗濯機へと向かう。
40分前にスイッチを押したので、ぶんちゃんを見送っている間にできあがっていた。
蓋を開けて中から二人分の洗濯物を取り出す。
今日はとてもいい天気だ。
マンションのベランダへ出て洗濯物を干し始めると、太陽の匂いをかいだ気がした。
彼に出会ったのは、そんな毎日を続けていたある日のことだった。
「はじめまして、隣の部屋に越してきた宮本です」
スラリと背の高いその男性はユイと同い年で、結婚経験のない人だった。
「いい年して結婚してないなんてって思われるかもしれませんが、僕は仕事が大好きで帰宅してからもずっと仕事をしてるような人間なんです」
彼は照れくさそうにそう言って頭をかいた。
最初は意識なんてしていなかった。
ただ同年代のお隣さんができたと、ただそれだけだった。
だけど時々マンションの廊下やエレベーターで一緒になって挨拶し、挨拶から短い会話が生まれるようになると、なんとなく互いを意識しはじめていた。
《ぶんちゃん、どうしよう。私なんだか変かも》
ぶんちゃんをずっと愛し続ける。
そう誓ったはずなのに自分の心がゆらぎ始めている。
そう感じて不安を相談したかったのだけれど、ぶんちゃんはこういうときに限って返事をくれなかった。
「旦那さん、いつもいないみたいですけど忙しい人なんですか?」
ある日お隣さんと帰宅時間がかぶり、一緒にエレベーターに乗ることになった。
「いえ、そうじゃないんですけど」
口ごもってうつむく。
ぶんちゃんは今もいる。
ここに、私と一緒にいる。
するとお隣さんは少し気まずそうに咳払いをして、私を見つめた。
「実はこの前管理人さんに聞きました。旦那さんは1年くらい前に亡くなってるんですよね?」
その言葉にハッと息を吸い込んで視線を向ける。
お隣さんはすごく真剣な顔をしていて、視線を外すことができなくなってしまった。
「そ、そんなことは……」
「旦那さんの服を洗濯して干すのはわかります。防犯対策ですよね?」
「ち、違うわ! ぶんちゃんはちゃんと生きて」
最後まで言葉を続けることができなかった。
毎朝行ってらっしゃいとメールすれば、行ってきますと返事がくる。
じゃあなぜ直接口で伝えないのか?
返事が来ないと知っているからじゃないのか?
そんな声が脳裏に直接響いてくる。
私はたまらず、バッグの中に入っている2台のスマホに手を伸ばした。
1台は私の。
もう1台はぶんちゃんのスマホだ。
《ぶんちゃん、生きてるよね?》
自分のスマホでメッセージを送り、そしてぶんちゃんのスマホに持ちかえる。
《もちろん。いつでもユイのそばにいるよ》
自分宛てのメッセージを作り、送信する……。
自分のスマホでぶんちゃんから届いたメッセージを確認して、ホッと息を吐き出した。
「ほら、ちゃんと生きてるわ」
お隣さんにぶんちゃんからのメッセージを表示させて見せた。
するとお隣さんの顔が一瞬青ざめ、そして目尻に涙が溜まった。
なにも言わないお隣さんをいずかしく思って、私は自分のスマホを確認した。
《大丈夫だよユイ。お隣さんはいい人だ。君は一歩踏み出して構わないんだよ》
「ぶんちゃん、起きてぶんちゃん!」
沢山の管に繋がれている夫の腕にすがりついて叫ぶ。
朝出かけるときはいつもどおりの笑顔を見せてくれていたのに、今その目はかたく閉じられている。
やがて心拍数が弱くなり、担当医が脈拍を確認した。
「午後10時35分、ご臨終です」
夫のぶんちゃんが交通事故で死んだのは3ヶ月前のことだった。
「ユイさん、もう文太のことは忘れて」
「いいえお義母さん、ぶんちゃんはずっと私の胸の中にいます。絶対に忘れることはありません」
葬儀や納骨の忙しさであっという間に月日が流れて、義父母がぶんちゃんの遺品を整理しにやってきたときのことだった。
私はぶんちゃんとの思い出を整理することができなくて、できればそのまま残しておいてほしかったのだけれど、『このままじゃユイさんが前に進めないから』と、半ば強引に片付けられてしまった。
夫婦が使っていた寝室には大きなダンボールが積み上げられていて、その中にぶんちゃんのものが入れられている。
もちろん義父母がこれらすべてを持ち帰るわけじゃないけれど、私の目につかないようにすることで前を向かせようとしてくれているのだとわかった。
《ぶんちゃん、私ぶんちゃんのこと忘れないからね》
ぶんちゃんのスマホにメッセージを送るとすぐ近くで音が聞こえてくる。
《ありがとうユイ。愛してるよ》
「私も愛してる。ずっとずっと、愛してるから」
スマホを握りしめてまた、涙をこぼした。
《いってらっしゃい》
《行ってきます》
今日もぶんちゃんを玄関先で見送る。
スーツを着て笑顔で手を振るぶんちゃんが見える。
「今日の晩ごはんはぶんちゃんが大好きなロールキャベツにしようかな」
早くも今晩の献立を考えながら洗濯機へと向かう。
40分前にスイッチを押したので、ぶんちゃんを見送っている間にできあがっていた。
蓋を開けて中から二人分の洗濯物を取り出す。
今日はとてもいい天気だ。
マンションのベランダへ出て洗濯物を干し始めると、太陽の匂いをかいだ気がした。
彼に出会ったのは、そんな毎日を続けていたある日のことだった。
「はじめまして、隣の部屋に越してきた宮本です」
スラリと背の高いその男性はユイと同い年で、結婚経験のない人だった。
「いい年して結婚してないなんてって思われるかもしれませんが、僕は仕事が大好きで帰宅してからもずっと仕事をしてるような人間なんです」
彼は照れくさそうにそう言って頭をかいた。
最初は意識なんてしていなかった。
ただ同年代のお隣さんができたと、ただそれだけだった。
だけど時々マンションの廊下やエレベーターで一緒になって挨拶し、挨拶から短い会話が生まれるようになると、なんとなく互いを意識しはじめていた。
《ぶんちゃん、どうしよう。私なんだか変かも》
ぶんちゃんをずっと愛し続ける。
そう誓ったはずなのに自分の心がゆらぎ始めている。
そう感じて不安を相談したかったのだけれど、ぶんちゃんはこういうときに限って返事をくれなかった。
「旦那さん、いつもいないみたいですけど忙しい人なんですか?」
ある日お隣さんと帰宅時間がかぶり、一緒にエレベーターに乗ることになった。
「いえ、そうじゃないんですけど」
口ごもってうつむく。
ぶんちゃんは今もいる。
ここに、私と一緒にいる。
するとお隣さんは少し気まずそうに咳払いをして、私を見つめた。
「実はこの前管理人さんに聞きました。旦那さんは1年くらい前に亡くなってるんですよね?」
その言葉にハッと息を吸い込んで視線を向ける。
お隣さんはすごく真剣な顔をしていて、視線を外すことができなくなってしまった。
「そ、そんなことは……」
「旦那さんの服を洗濯して干すのはわかります。防犯対策ですよね?」
「ち、違うわ! ぶんちゃんはちゃんと生きて」
最後まで言葉を続けることができなかった。
毎朝行ってらっしゃいとメールすれば、行ってきますと返事がくる。
じゃあなぜ直接口で伝えないのか?
返事が来ないと知っているからじゃないのか?
そんな声が脳裏に直接響いてくる。
私はたまらず、バッグの中に入っている2台のスマホに手を伸ばした。
1台は私の。
もう1台はぶんちゃんのスマホだ。
《ぶんちゃん、生きてるよね?》
自分のスマホでメッセージを送り、そしてぶんちゃんのスマホに持ちかえる。
《もちろん。いつでもユイのそばにいるよ》
自分宛てのメッセージを作り、送信する……。
自分のスマホでぶんちゃんから届いたメッセージを確認して、ホッと息を吐き出した。
「ほら、ちゃんと生きてるわ」
お隣さんにぶんちゃんからのメッセージを表示させて見せた。
するとお隣さんの顔が一瞬青ざめ、そして目尻に涙が溜まった。
なにも言わないお隣さんをいずかしく思って、私は自分のスマホを確認した。
《大丈夫だよユイ。お隣さんはいい人だ。君は一歩踏み出して構わないんだよ》



