「ただいまー。……あらっ。なに、このニオイ?」


 うわわっ、お母さんたち、思ったより早く帰ってきちゃったよ!

 でも、今テンパリング中で、手が離せないし……。

 っていうか、そもそもこの家じゅうに充満したチョコレートのニオイは、今さらどうにもできないよ!


 そうこうしているうちに、ガチャッとダイニングの扉が開き、お母さんが顔を覗かせた。


「心愛、いったいなにをやっているの?」

 そのままお母さんがキッチンの方へと歩いてくる。


「えーっと……」

 キッチンを覗いたお母さんが「まあ」とひと言。


「ひょっとして、好きな男の子でもできたの?」


 お母さん、わたしがプレゼント用のチョコレートを作ってるって勘違いしてる?


「そうよね。心愛も中学生なんだし、恋愛くらいするわよね」

 お母さんが、自分に言い聞かせるようにして言う。


「ち……」

『違うよ!』と否定しようとして、わたしは途中で言葉を飲み込んだ。


 このまま勘違いしてくれてた方がいいんじゃない?

 だって、もし違うって言ったら「じゃあ、どうしてチョコレートなんか作っているの?」って聞かれるに決まってるし。

 そうしたら、転科試験のことを話さなくちゃいけなくなっちゃう。