Music of Frontier

ルトリアの家を訪ねた俺は、いつものように二人でテラスに出ようとしていた。

その途中の廊下で、俺はルトリアの母親に鉢合わせした。

「あ…」

俺はルトリアの母親を見つけ、思わず足を止めた。

向こうも俺に気づいたらしく、俺の顔を見て、露骨に嫌そうな顔をした。

…どうしよう。お邪魔してるんだし…挨拶するべきだよな。

「あの…。お邪魔してます。初めまして。ルクシー・リア・エルフリィと言います」

ぺこりと頭を下げたが、しかし、ルトリア母の返事はなかった。

彼女は俺をじろりと睨み付け、品定めでもするように眺めてから。

「…ふん。薄汚いネズミの子が」

吐き捨てるように小さな声でそう呟いてから、踵を返した。

…え。

俺はぽかんとして、その場に立ち尽くしてしまった。

…こちらが挨拶したのに、まさかそんな毒を吐いて立ち去るとは。

子供の俺が言うのもなんだが、態度が悪いと言うか…何と言うか。

「済みません…。ルクシー。母が酷いことを…」

このときの、ルトリアの申し訳なさそうな顔。

俺をみすみす母親と会わせてしまったことを、酷く悔いているようだった。

いや…別に、構わないけど。

ルトリアが悪い訳じゃないし。

それに…仕方ない、とも言えるだろう。

ルトリアと仲良くなって、最近ではすっかり気にしなくなっていたけど。

俺は…本来ルトリアと仲良くして良い立場じゃないのだ。

身分の違い…という奴だ。

…そりゃそうだよな。ルトリアのお母さんからすれば…自分の息子が、何処の馬の骨とも知れない底辺貴族の子と仲良くするなんて。

ルトリアのお母さんにとっては、俺は薄汚いネズミなんだ。

…思い知らされると、やっぱりショックだった。

「ルクシー…。あの、俺は…俺は気にしませんから。あなたのこと…身分の違いなんて…」

「…分かってるよ。ルトリア」

ルトリアは必死に、自分の母親の失言をカバーしようとしていた。

大丈夫、ルトリアが俺を見下したり、馬鹿にしたり、蔑んでないことは分かってる。

散々見下されてきた俺には、演技なんて通用しない。

ルトリアが本当に、身分の違いを気にしてないことは理解している…。

でも、ルトリアのお母さんにとっては。

…まぁ、仕方ないよな。

その日の帰り際、ルトリアは不安げに俺にこう尋ねた。

「…あの、ルクシー…」

「うん?」

「…また、来てくれますよね?」

母親が、余計なことを言ったせいだろう。

今日のルトリアは、ずっと後ろめたそうで、そして申し訳なさそうだった。

俺の顔色を伺っていた。ルトリアがそんなことする必要はないってのに。

「うん。また来るよ」

ルトリアのお母さんに気に入られてないことは、分かった。

でも、だからと言ってルトリアを嫌っている訳じゃない。

ルトリア母に、「もう二度と来るな」と言われた訳でもない。

幸いなことにその後も、ルトリア母は、俺のことは気に入らないらしいが、さすがにはっきり言うのは体裁が悪いのか、俺に向かって「二度とうちに来るな」とは言わなかった。

「ルトリアに近づくな」とも言わなかった。

まぁ…言わなかっただけで、思ってはいるんだろうけど。

俺のことを快く思っていないのは明らか。でも、拒絶されている訳じゃない。

だから。

「また会いに来る」

「そうですか…。良かった…」

ルトリアは心底ホッとしたような顔をした。

相手方のお母さんに反対されたからってさ。俺だって、そう簡単に…初めての友達を捨てることは出来ないよ。

それが人情ってものだろう。