心の中は、嵐のようだった。
強風が吹き、大雨が降って、雷も鳴っていたかも。
だから、秘めておく事は、黙っている事は、出来なかったんだ。


「わたし、響くんが好きです」


でも、言って一秒で後悔した。


あぁ、もう。今、全然告白するタイミングなんかじゃないのに。


****


思えば、(ひびき)くんは、最初に出会った時から心をかき乱す存在だった。

中学校の入学式の日。
隣の席の(ひかる)くんと仲良くなって一緒に帰っている時に、響くんは学校の裏門近くの木の上から落ちてきた。
比喩とかじゃなくて、本当に。満開の桜の中から、花びら共に飛び降りてきた。
その事にびっくりしたのに、その顔が輝くんとそっくりだったのも驚いた。


「えっ、え?」


隣にいる輝くんと、目の前にいる男の子を見比べる。

服装は、隣の輝くんは学ランのボタンを上まで止めてしっかりと着ているのに対し、目の前の子はブレザーのボタンを全部開け、シャツはズボンから出ていた。
そういう違いは有る。


でも、顔が!
そっくりというか、全く同じ‼︎


わたしは驚いて声も出なかったけど、


「もう。響、何してたの?」

「別になんでもねーよ」

「木から飛び降りてきて、なんでもってことは無いでしょ」


二人は普通に話していた。
声も顔も全く同じ人がいるのに、ビックリすることもない。その様子を見て、ピンと来た。


「あ、もしかして二人は双子なの?」


わたしが聞くと、輝くんは頷いた。


「そうだよ。こいつは、僕の双子の弟の響。ごめんね、内川さん、びっくりさせちゃったね」

「ううん、大丈夫。わたし、同性の双子には初めて会ったけど、そっくりだね」

「見た目だけはね、性格は結構違うよ」


確かに表情とか、喋り方とか違うかも。
優しくて話しやすい雰囲気の輝くんとは違って、響くんは荒っぽい感じで話しにくそうな雰囲気。

先に会ったのが、輝くんで良かった。響くんだったら、怖くて話しかけられなかったかも。


そんなことを思ってたら、響くんがわたしに手を伸ばした。


「おい、お前」


その手は、わたしの顔の方に向かっている。


「なっ、なに?」


その目はさっきより鋭く、ちょっと怖い。
だから、一歩後ろに下がりそうになったところで、響くんが言った。


「花びらついてる」


そう言って彼は、わたしの髪に触れ、桜の花びらを摘んだ。
風に流され、花びらは彼の手から離れて舞っていく。

その光景が、目から離れない。
胸の中には、名前の分からない暖かな風が吹いたみたいだった。


**


季節は少し過ぎ、満開だった桜は葉っぱ中心の姿に変わる。

いつもは輝くんと一緒に帰っているけど、今日は、バレー部の輝くんには練習が有って、バトミントン部のわたしには練習が無いので、一人だった。

いつも通り、家から近い裏門から帰ろうとすると

にゃー

どこからか猫の鳴き声が聞こえる。


どこから聞こえてきたんだろう。


キョロキョロと辺りを見回すと、見つけた。

初めて、響くんに会った、響くんが降ってきたあの桜の木の上に、濃いグレーで模様が有る猫がいた。
降りられないのか不安そうな顔で、にゃーにゃー鳴いている。


どうしよう。

木の上に居る猫って、なんだかんだ降りているイメージあるけど、あの猫は本当に降りられないのかも。


そう思うくらい、木の上の猫は、小さく痩せていた。
降りるのも、落ちた時にバランスを取ってうまく着地をするのも、無理そうに見える。

にゃー にゃー


……木登りしたことないけど、行くか。


制服のスカートの下に、体操着であるハーフパンツを履いている。だから、大丈夫。

カバンを地面に置き、人通りがないのを確認して、枝を切られたところを足場にして木を登っていく。

とはいっても、木登りするのは初めてだから、うまく登れなくて、登れたのは途中までで、猫に触れることはできない。
だから、そこから、猫に手を伸ばす。片手は枝を掴んでないと危ないから、片手だけだけどね。


「ねこさん、おいでー」


声をかけるけど、猫はにゃーにゃーと鳴くだけだった。


うーんどうしよう。


枝の上だけど背伸びして、手を伸ばしても、それでも猫には届かないし、猫はこっちに来ない。


「何してるんだ?」


そんな時、声をかけられた。


「あ、輝くん。実はここに、猫がいて……」


木に登ったまま、枝を掴んだ状態で振り向くと、そこにいたのは響くんの方だった。


あっ……響くん⁉︎

輝くんかと思ったけど、響くんだったんだ。声が同じで分からなかった。

あの日、胸の中に暖かい風が吹いて以来。わたしは響くんに会うのがとても緊張してしまうようになった。
クラスも部活も委員会も違うから、そう会うことはない。
でも、たまに会えた時、時には見えた時だけでさえも、緊張してしまう。
今も、声をかけられた嬉しさとか、こんな姿を見られた恥ずかしさとかで、固まってしまう。

彼はゆっくりと近づいてくると、木を見上げだ。


「ああ、その猫か」

「知ってる猫なの?」

「よくそこにいるけど、そいつ勝手に降りてくるから、ほっといて大丈夫だぞ」

「そうなんだ。よかった」


じゃあ、わたしが降りる番だと思ったけど、枝が切られた場所に足が上手く引っ掛けられない。
なんとか降りようとして、ずるって滑り落ちてしまう。


「わっ!!」

「おいっ!」


そのまま落ちて、後ろに倒れそうになったところをを支えられる。


「ばか、もっと気をつけろ」


見上げる様に顔を上げると、響くんが呆れた様にわたしを見ていた。


「ごめんっ!」


慌てて離れるけど、とにかく胸がドキドキしていた。
心臓が壊れそうなくらい鳴っていた。


「あ、おい」


どこか、遠くに逃げていきたいのに、響くんがあの時みたいに腕を伸ばすから、わたしはまた固まってしまった。


「虫ついてるぞ」


え?


彼が手を伸ばしている、わたしの肩の方を見ると、そこにはうねうねと動く毛虫がいた。


「ぎゃー!!」


驚いて、でも振り払うなんて無理で、逃げれないのに逃げようとして片足をあげた時、足元には桜の木を降りた時に一緒に落ちて来たと思われる沢山の毛虫がいるのに気がついた。


踏っみ、たく、ない!!


踏まない様に足を置こうにも、置けたのはつま先だけでバランスを崩してしまう。


「わっ!」


毛虫の中に倒れるって思ったけど、そんなことはなかった。


「ったく、騒がしい奴」


耳元からそんな声が聞こえた。

誰かに抱き止められている。

恐る恐る顔を挙げると、響くんだった。


「お前、あぶねーよ」


さっきも近かった。でも今は、もっと近い。
驚くほど近くに顔があって、宝石の様にキラキラと輝く目がそこにあった。


「ごめん」


また、心臓がドキドキしていた。
さっきより早くて、もう弾けそうだった。


「毛虫、いなくなったぞ」

「う、うん」


足元に注意しながらゆっくりと、響くんから離れる。


「ありがとう」

「別に」


彼は、わたしを見ることなく、ぶっきらぼうに言う。

胸の中に、前みたいに感情がやってきた。
あの時は一瞬だったけど、今度は胸に残る。
熱く、甘く、重い。
前は分からなかったけど、今回は分かった。


これは、恋だ。
わたし、響くんのこと好きになっちゃったんだ。


**


響くんはクラスが違うし、委員会とか、部活も違う。
だから、関わりなんて全然ないんだけど、輝くんのおかげで、少し関われる。


「響くん、これ」


休み時間、三つ隣の教室に行くと、一人で気だるそうに座っていた響くんに、国語の教科書を渡す。


「教科書? なんでお前が」

「輝くんが、響くんが家に忘れての持ってきてて、休み時間忙しいから代わりに届けてって」


それだけを言うのに、心臓はドキドキしていた。
わたし、表情とか、声とか変じゃないかな。


「ふーん、ありがと」


響くんは教科書を受け取ると、その教科書を雑に机の引き出しに入れた。


お前、まだいるの?
そんな目で響くんがわたしを見るので、

「じゃあ」

わたしは、響くんの教室から出た。


教室に戻ると、席に座ってすぐに輝くんに話しかける。


「ありがとう、輝くん」


わたしは何も言わなかったけど、輝くんは察しがいいのか、響くんと仲良くなりたいって思っていることに、色々と協力してくれるようになった。
今回だって、そう。
忙しくないのに、「代わりに届けなよ」と、教科書をわたしに渡してくれた。


「別にいいよ。響とは話せた?」

「話せてはないかもしれないけど、顔見れただけで良かった」

「健気だね」

「全然、そんなことないよ」


ただ、話す勇気が出なかっただけで、本当は話したいって気持ちも有るもん。


輝くんと話していると、授業のチャイムが鳴る。
輝くんは1番廊下側の席で、廊下側の壁は窓になっているんだけど、そこから何かを見つけたのか、ため息をつく。


「あいつ、授業サボるつもりだ」


輝くんがあいつって言うのは、響くんだけ。


「よくサボってるの?」

「まあ、時々ね」


その困った表情は、双子だけど、輝くんがお兄ちゃんなんだって思う。


「ごめんね、せっかく教科書届けてもらったのに」

「大丈夫だから、謝らないで」


響くんはどうして、サボったりなんかしているんだろう。
サボっている間、何をしているのかな。


**


輝くんのサポートがあっても、わたしと響くんの距離は一向に縮まる事は無い。むしろ、離れていっているような気がした。

体育祭の時、響くんが活躍した。

普段は気だるげな感じだけど、運動神経はいいらしく、100メートル走では1番で、クラス対抗リレーの時は、最下位だったのが、5人抜いて1番でゴールしていた。
女の子たちは、きゃーきゃーと歓声を飛ばし、リレーが終わった後、響くんは囲まれていた。

わたしはクラスが違うから、響くんのもとへ行くことはできない。


わたしの方が先に好きだったのにな。


胸の中、初めての暗い感情が占めていた。
響くんに当たり前のように話しかける女の子たちが羨ましくて、仕方ない。


「どうしたの?」


後ろから、好きな人の声がした。
でも、響くんはずっと前にいる。
だからこれは、輝くんだ。


「響くん凄かったなって」


暗い感情があるなんて知られたくなくて、なんてことない様に言った。


「輝くんもリレーお疲れ様」

「ありがとう。響は、運動神経いいんだよ。頭もいいし、なんでもできる」


輝くんを会話の中心にしようとしたのに、響くんに戻されてしまった。

ここから、また変えるのは変だよね。


「輝くんもどっちもできるし、二人とも凄いね」

「負けられないって思える奴が、ずっと隣にいるから」

「ちょっと意外。輝くんって、負けられないとか思うんだ」


普段は、勉強でも運動でも誰かと張り合ってるの見たことない。
得意だって人に絡まれたり、勝負しろって言われても、謙遜して避けていた。


「俺、結構負けず嫌いだよ。虎視眈々と狙う方だから、見えないかもしれないけど」


輝くんは、にやっと笑った。
その顔が、響くんに見えてドキッとしてしまった。

だめだな、わたし。
双子で、よく似てるからって、重ね合わせたく無いのに。


**


体育祭が終わると、一段と暑い日があった。
エアコンはついているけど、気分がすぐれなくて保健室に向かう。
中校舎と南校舎の一階の渡り廊下は、壁がなく風が心地いい。
ずっと、ここにいたいな。


「なにこんなとこで、立ち止まってるの」


振り向くと、双子のどちらかがいた。

衣替えする前は服装で見分けがついたけど、今は二人とも半袖のシャツだし、暑いからと輝くんはいくつかボタンを外していたので、そこにいるのがどっちか分からない。


「おまえ、大丈夫か」


この言い方は、響くんだ。
それが分かると、胸がドキドキして、体が熱くなる。頭ものぼせてきたかな。


「サボりじゃなくて、具合悪いなら、とっとと保健室行きな」


響くんは、それだけ言って踵を返しどこかに行こうとする。


響くんは、サボりかな。
手、なんか本持ってた。あれ読んでるのかな?
どこでサボっているんだろう、暑く無いのかな。

ぼんやりとした頭でそんなことを考えていると、


「おい!」


響くんは、目の前にいた。


「ほら、行くぞ!」


腕を掴まれ、歩いてく。
掴まれたところがすごく熱い。


「ありがとう。響くん」


保健室に着くと、保健室の先生に引き渡された。
響くんは、輝くんのフリをしてサボっているのをバレないように偽装していた。

体温計で測ると、熱があった。

最初は、気分がすぐれなかっただけなんだけどな。
熱が出たのは、暑さのせいか、響くんのせいなのか。


**


梅雨に入り、天気が悪い日も増えてきた。
響くんのことを好きになったあの木のもとへ向かうと、今日も木の上にはグレーで模様のある猫がいた。
前より大きく、誰かからご飯をもらっているのか、ふくふくとしてきた猫は、木の上で呑気に寝転んでいた。


今夜、大雨になるって言っていたけど、あの子、大丈夫かな。
雨宿りできる場所、知ってるかな?


見上げていると、ぽつりぽつりと雨が降り始めたので、わたしは傘を広げる。
猫は慌てた様に木を降りてくると、わたしの足元に身を寄せた。


「行く場所ないの? うちくる?」


しゃがんで手を伸ばすと、猫は擦り寄ってきたので抱き上げる。

野良猫だよね。
少なくとも首輪とかはしていないけど。

右手で傘を持ち、左手で猫を持ち、家に帰ろうと歩き始めると後ろで、走ってくる音が聞こえた。
その音は、木の下あたりで止まった。
振り向くと、そこにいたのは響くんだった。
傘を持たず、雨に濡れたまま木を見上げていた。


「響くん、風邪ひいちゃうよ」


雨はすごい速さで強くなっていって、響くんの体は雨に濡れていく。
彼に近づき、わたしが傘を彼に差し出すと腕の中で猫が鳴いた。


「あっ、ごめんね」


できる限り濡れないように、体の向きを変えていると、
わたしが傘ごと突き出していた手に、誰かの手が触れられて、傘がわたしの下へ戻ってくる。


「猫、濡らすなよ」


響くんは、優しい目で猫を見ていた。
その目にも、少しだけど触れられた手にも、ドキドキが止まらない。


「響くんが濡れちゃうよ」


傘を差し出しても、そしたらまた突き返されちゃうよね。
……じゃあ。


わたしはもっと近づくと、わたしが入ったまま、彼も傘の中に入れた。
彼は少し驚いた顔をするけど、どこかに行くことはなかった。


「狭いな」

「そうだね」


折りたたみ傘じゃなくて、ちゃんとしたの持ってきといて良かった。
折りたたみ傘だったら、もっと狭く二人入らなかったかも。


ギリギリ二人入れるこの傘の下で、わたしは響くんと話す。


「響くん、傘持ってないの?」

「持ってない」


ドキドキ、ドキドキ、心臓がうるさかった。
腕の中の猫が、キョロキョロとしてわたしを見る。


「そいつ、お前が連れて帰るのか?」

「うん。大雨らしいから心配で。響くんが連れて帰る?」

「うちは、親が猫アレルギーだから、お前が連れ帰ってくれた方が助かる」

「わかった」


こんなに話したの初めてだな。
もう、ここまでで充分満足したのに。


「家、どこだ? 送る」


こんなことを言われたら、嬉しくて仕方ない。


「なんで送ってくれるの?」

「猫持ったまま、傘持つの大変だろ。あと、俺傘ないから、お前送った後、この傘貸して欲しい」

「うん。いいよ」


傘の持ち手がわたしから響くんに移り、帰るために横に並んで歩き始める。
わたしの方に傘を傾けて、濡れないようにしてくれているみたいだった。

いつもだったら、緊張して話しかけられないけど、今日は話さないと緊張で大変なことになりそうだった。
だから、話しかけてみる。


「響くんは、猫、好きなの?」


「動物全般好きだ」


響くんから返事が返ってくる。
そのことが嬉しいし、響くんから『好き』と言う言葉が聞けて嬉しくて、にやけてしまいそう。
わたしに向けられたわけじゃないんだけどね。


「そうなんだ。じゃあ、もしかして、この猫に餌やってるの?」

「多少」


その声がさっきより遠くに聞こえた気がして、響くんを見ると、響くんはわたしと反対の方に顔を背けていた。


「なんで、そっち向いているの?」


さっきは、普通に前見てたよね?

少しの沈黙の後、響くんは気まずそうに言う。


「怒られるかと思って」

「餌やりしてたこと? わたしは別に怒らないよ」


でも響くんは怒られるって思ってたんだ。
怒られるのが嫌で、言いづらく、顔を背けていたんだ。

響くんの全部が可愛くて、声に出して笑いそうになるのを我慢した。


「でも、この子、野良だもんね。うーん、うちの子にしよっかな」


昔、我が家にいた猫も元野良だと言っていたし、拾ってきても大丈夫だよね。


「するのか?」


寂しそうな声だった。


「響くん的には、嫌なの?」

「いや、別に。ただ、入学式の時から知ってるから、会えなくなるのは……変な感じだ」

「入学式からって、もしかして初めてあった時に響くんが木の上にいたのって、この猫関係?」


「ああ。木の上にいたから、降りられないかと思ったんだ。実際はそんなことなくて、コイツは普通に降り立った。で、その後、俺が降りた時お前がいた」


そういうことだったんだ。
輝くんになんで木登りしてたかは分かんないって言われてたけど、いま真実を知った。
猫を地面に下ろそうとしたんだ。優しいな。


「あの時は、凄くビックリしたなー。上から人が降ってきて」

「俺もビックリした」

「なんで? 響くんは驚くことなくない?」

「……驚いたんだよ。色々と」


それ以上は教えてくれないらしい。
そのうち、家の前に着いてしまった。わたしの家、学校から近いんだよね。
もっと、学校から遠い家なら良かった。そしたらもっと話せてたのに。


「ありがとう。送ってくれて。この傘、使って。あっ、このデザインじゃ無い方がいい?」

「いや、これでいい」


わたしの使っている可愛い傘は、響くんに少し似合わない。


「雨も風も、どんどん強くなってきた。雷の音も聞こえるし、気をつけてね」

「ああ」


響くんは最後に、猫に話しかける。


「じゃあ、元気でな」


響くんは、猫に優しく微笑みかける。
その一瞬で。
いや、一瞬だからこそ最大である風みたいに、わたしの胸の中に有る恋する気持ちも一瞬で大きくなった。

その心の中は、まるで嵐だった。

強風が吹き、大雨が降って、雷も鳴っていたかも。
だから、秘めておく事は、黙っている事は、出来なかったんだ。


「わたし、響くんが好きです」


でも、言って一秒で後悔した。


あぁ、もう。今、全然告白するタイミングなんかじゃないのに。


我が家の玄関の前だし、
風も雨も雷だってうるさくて、声は届いているか分からない。

強い風のせいで、髪がなびき顔を隠している。
傘をものともしない横からの雨で、上手く目が開けられない。

そんな最悪の状態だったのに、今、どうしても言いたくなってしまった。
言ってしまった。


響くんは驚いた顔でわたしを見ていた。


彼が何をいうか、どんな行動をするのか、ドキドキとしたわたしの心臓は鳴り止まなかった。


響くんは、ゆっくりと首を横にふる。


そりゃそうだ、当然だ。
付き合いなんかは、全然無い。喋ったのは、今が1番だった。


「ありがとう。傘、使ってね」


わたしは、響くんに背を向け家に入る。

顔が濡れているのは、雨なのか、泣いているのか分からない。

腕の中、猫がにゃーにゃーと鳴いていた。


****


失恋したって、人生は終わらない。
夜が過ぎたら朝が来て、今日が終わったら明日になる。

昨日のは台風じゃないから、台風一過じゃないんだけど、晴れ晴れとした青空が広がる1日だった。

バトミントン部の朝練を終えて教室に戻ると、もう輝くんがわたしの隣の席に座っていた。
輝くんと何かがあったわけでは無い。
でもその顔を見てわたしは、心臓がドキリとした。


「おはよう、美喜」


爽やかな笑顔が響くんと違って、安心する。


「おはよう、輝くん」


輝くんは、昨日のこと何にも知らないのかいつも通りだった。
いつも通り話して、授業を受けて、部活が終わった後、一緒に帰る。

穏やかな1日だった。
輝くんにはドキッとしてしまったのは最初の一回で、後は輝くんは輝くんとして見れて、関われていた。
響くんを見かけることがなかったからかもしれないけどね。


「美喜、今日楽しかった?」

「えー、普通。普通の一日だったから、何とも言えない」

「普通の1日は嫌だ?」

「嫌じゃないよ。でも楽しいかって聞かれると困っちゃう」

「じゃあ、明日は聞かれても困らないくらい楽しい日にしてあげるよ」

「どうやって?」

「それは明日のお楽しみ。じゃあ、また明日。猫さんによろしくね」


それを言われたのは、わたしの家の前。お別れする瞬間だったけど、わたしは立ち止まった。


「猫って、なんで知ってるの?」


昨日、猫を拾ったの、輝くんに言ってないのに。

輝くんは、「あー」と、気まずそうな顔をした後、勢いよく頭を下げた。


「ごめん、じつは昨日、響から聞いたんだ。美喜の傘持ってたから、どうしたのって聞いたら、美喜と野良猫を保護したって」

「聞いたのって、それだけ?」


頭を上げた輝くんは、頷く。


「それだけだよ」

「それは、うそでしょ。それだけなら、朝一番に聞けば良かったのに。わたしが告白して、振られたのも聞いたよね」


輝くんは、気まずそうに頷いた。


「そっか。いや、別に知られるのは大丈夫なの。むしろごめんね、話してなくて」

「いいんだよ。俺には言いづらいだろうし」


まぁ、そうだよね。
輝くんも気まずかっただろうな、告白されたって聞いて。


「もっと仲良くなってから告白すれば良かったなー。一瞬の感情に任せず、ちゃんと仲良くなって、輝くんにも言ってから告白すれば良かった」


そうすれば、輝くんも気まずくなかったかな?
いや、告白する時点でどうやっても、気まずいか。


「そんな感情に任せての告白だったの?」


昨日、告白した時のことを思い出して頷いた。


「好きだったのは嘘じゃないよ。ただね、胸に来たんだ。大きな風が吹いたみたいに好きな気持ちが押し寄せて、自然に好きだって言っちゃったの」


「俺は、美喜が好きだよ」


「え?」


聞き間違えかと思った。
輝くんは、口を手で塞いでいた。


「困ったな。美喜が言うように、俺にも今、風が吹いたみたいに来た。本当はもっと、虎視眈々と機会を狙っていたのにな」

「えっ、え?」


その言い方じゃ、前からわたしのことが好きだっていうみたいだ。

輝くんは、照れくさそうに笑ってわたしを見る。


「この気持ちは、冗談でも、突発的なことでもないよ。俺、通っていた小学校は違うけど、その時から美喜のこと好きだったから」

「どういうことなの?」


輝くんに会った記憶とか無いんだけど。


「俺、昔いじめられていた事があったんだ」


輝くんは、昔の話をしてくれる。


「昔から、響は勉強も運動も得意なんだけど、人間関係に興味ない感じで、よく人に突っかかれるんだけど、相手にしないから、いつしか俺に悪意が来たんだ。
当時の俺は、それを上手く交わすこともできなくて、大人しくいじめられていた。
その日は休日で、少し大きな公園でサッカーをしながらいじめられていて、馬鹿にされたり、パスが誰にも届かなかったり、ボールをぶつけられたりって感じだったんだ。
そんな時、美喜はシャトルを何度もこっちに打ち込んできて、
いじめっ子に「わざとだろ」って言われた時、
「あんたらだって、わざとじゃないって言って、ボールぶつけてんじゃん。いじめなんて最低」って言ったんだ。
覚えてない?」

「そう言えば、そんなことあったかも」


バトミントンをもらったすぐの頃、公園で揉めている人のところに、ミスしたふりしてシャトルを撃ちまくっていた気がする。


「学校ではいつものことで、誰も助けてくれる人はいなかった。
でも美喜が切り込んできてくれて、すごい嬉しくて、ずっと心に残ってた。
だから、入学式の日、美喜に会えた時はすぐに分かったし、とって嬉しくれて、 早く仲良くなった」


入学式の日、いっぱい話しかけてくれたのは、そう言うことだったんだ。
輝くんは、フレンドリーな人だとしか思わなかった。


「美喜は響のことを気に入ってるって分かってたから、グイグイいったら困らせると思って、言うつもりはなかったけどね」


輝くんは、まっすぐわたしを、わたしの目を見る。

響くんと同じ顔、同じ声。でも、違う人。


「俺は、美喜が好きだよ。いつかは、俺のこと好きって言ってもらうように頑張るから、覚悟しててね」


その日、1番大きな風が吹いた。
胸に訪れた感情も、大きなものだった。