ライラがレリウスの屋敷に来てから一か月が経った。ライラはいつまでもぬくぬくと暮らしているわけにもいかないと、率先してメイドたちの仕事を手伝っていた。

「メイドたちは自分たちの仕事が無くなると困るからと言っているようですが、それなら手伝うだけでもとメイドたちの邪魔にならないように少しずつ手伝っているようです。もともと何かしていないと気が済まない性分なのでしょう」

 ベリックがクスリと小さく笑ってそう言うと、レリウスはふうん、と呟いて微笑む。レリウスの視線の先には、部屋の中央でライラがメイドたちに熱心に何かを教えている光景がある。どうやら、ライラがメイドたちに刺繍を教えているようだった。

「あ、レリウス様!」

 レリウスに気付いたライラは立ち上がってレリウスの元に笑顔で駆け寄って来る。

(まるで子犬のようだな。耳と尻尾が見える、こいつは狼人族ではなくれっきとした人間なのに)

 くくく、と苦笑しながらレリウスはライラに声をかけた。

「ずいぶんと楽しそうだな」
「みんなで刺繍をしていたんです。私のいた国では、ハンカチに相手の幸せを願いながら刺繍を施して相手にプレゼントするというのが流行っていたので」

 そう言って、ライラはレリウスにはい、と手渡した。ライラの手の中には、真っ黒な狼が遠吠えをする刺繍が入っている白いハンカチがあった。

「俺に?」
「はい、レリウス様に幸せが訪れますようにって思いながら刺繍しました。効果は抜群です!」

 嬉しそうに微笑むライラからハンカチを受け取って、しげしげとそれを眺める。

「上手だな」
「ライラ様は何でも器用にこなしてしまうのでみんな驚いているんですよ」

 メイドのひとりがそう言うと、周りのメイドたちもライラを囲んでわいわいと楽しそうだ。ライラも少し照れながらも嬉しそうに笑っている。

「ここの生活にも慣れたみたいだな」
「はい!皆さんとても優しくて良い人たちばかりですし、何不自由なく生活できているのもレリウス様のおかげです。ありがとうございます。どうやって恩返しすればいいのか……」
「恩返し?」
「はい、私は生贄のはずなのに生贄になっていませんし、レリウス様のお役に立ててるとも思えなくて」

 申し訳なさそうにしているライラを見て、レリウスはふむ、と顎に手を添える。

「俺は親父からお前をもらった。その時点でもうお前は生贄ではない。それにお前を見ていると飽きない。それだけで十分俺の役に立っている。それに、メイドたちの仕事を率先して手伝っているんだろ?メイドたちにこうして刺繍を教えてもいる。十分役にたってる。だから気にするな」

 レリウスがぽん、とライラの頭に手をのせて優しく撫でると、ライラはレリウスの顔を見て目を輝かせる。まるでありもしない耳がピン!と伸びて尻尾をぶんぶんと大きく振っているかのようだ。

「くくっ、お前、本当に人間族か?まるで子犬みたいだ」
「ええっ、子犬ですか?これでも一応成人しているんですけど……」
「ふっ、耳と尻尾が見える」
「えっ!?もしかして、ここの食べ物を食べていると人間も狼人族になれるとかですか?あれ?でも尻尾なんてどこにもないですよ」

 ライラは驚きながら自分の体をしげしげと見渡している。そんなライラを見て、レリウスは声を上げて笑っていた。