先程まで教室内はざわざわしていたが、ホームルームが始まり静かになった。


そして今は、先生の声だけが教室から聞こえる。


そんな中私とツキは、森田先生に呼ばれるのを廊下でじっと待っていた。


「それじゃあー転校生を紹介するぞ!入ってきてくれ!」


どうやら森田先生に呼ばれたようだ。


がんばれ、と自分の心に言い聞かせて教室の扉を開ける。


ガラッ。


初めて入るスカイ学園の教室。


横長の机に長椅子が置いてあり、大体が男女交互に座っていた。


そして、教室は私の大好きなきれいな木材で作られてあった。


昔よく通っていた図書館が木材で作られているため、木材建築の建物が好きになったのだ。


「ふたりはここに立って、簡単でいいから自己紹介を頼むぞ!」


先生に言われたあたりの場所にふたりで立つ。


生徒達は3パターンの反応を見せてくれた。


ほとんどの女子は視線がツキに釘付け。


ツキはかっこいいと言えるような容姿を持っているため、大体の女性はこのような反応を見せる。


ほとんどの男子達は私のことを見て周りと何やらヒソヒソ話している。


私は聞こえていないと思っているようだが、私は耳がいいので全て聞こえている。


「あの子可愛くね?」「金髪じゃん!地毛かな?外国人?」などと話している。


この反応も見飽きたものだ。


それと、ひとりだけ興味深い様子で周りとは違う男子が1人いた。


この今の反応で、私もその子に少しばかり興味が湧いた。


「ごきげんよう。初めまして、雨晴華恋といいます。日系中国人ですけれど、残念ですが中国語はあまり話せませんの。ぜひ皆さんと仲良くしたいわ!よろしくね…!」


そう言ってお辞儀をした。


私の礼に合わせて、拍手が起こる。


私は一応、表向きは中国の大企業グループの雨晴グループ長女の令嬢ということになっている。


とはいっても口調は昔からこうだし、令嬢かどうかなんて怪しまれることはないだろう。


「僕は来夢ツキです」


ツキは名前だけ言って、自己紹介を終わらせようとした。


ツキは昔から任務のグループメンバーでも仲良くしないので、仕方ないのかもしれないが。


「ちょっと、自己紹介って言われてたでしょ!」


私が小声で注意する。


しかし、“やりたくない”と拒否された。


はぁ…しかないか〜。


「ツキと私は幼馴染なの。昔からこんな感じだから、ごめんね!」


不本意ながらも、フォローをしてなんとか自己紹介を乗り切った。


何度か、自己紹介を拒否するツキのフォローをしたことがある。


こんなの慣れっこだ。


「おーありがとな!ということで雨晴と来夢にいろいろ教えたりしてやってくれ!今日のホームルームは終わりだ!お疲れ様〜」


ホームルームが終わり、面倒くさいことになる前に寮に戻ろうとすると——。


先生に引き止められ、「みんなと少し話していけよ〜」と言われてしまった。


予想的中…やはりこうなると思っていた。


嫌だけれど、仕方がないので教室にいることに。


「雨晴さん、少しお話しできませんか?」


ひとりの男子生徒が立ち上がり、私に近寄ってきた。


そうすると、周りの男子生徒もわらわらと立ち上がり私のところに集まってきた。


あー最悪。


でも、クラスメイトなわけだから仲良くしないとよね。


ー30分後ー


クラスの男子達から、ようやく解放された。


昔からこうやって近寄ってくる人などたくさんいたので、慣れているといっては慣れているが面倒くさい。


ツキはまだ女子達に囲まれていて、「助けてやるか」と近寄ろうとした時に——。


「君、雨晴華恋って言ってたよね?」


また話しかけられてしまった。


話しかけてきたのは、先程からずっと私のことをずっと見ていた男子生徒だった。


ふわっとした茶髪の髪はもう少し伸ばしたら目や耳を隠してしまうようなくらい長く、身長は170センチちょっと。


目尻に縦に並んだ2つのほくろが特徴的だった。


「ええ、そうよ。私に何かようかしら?」


早く帰りたいという気持ちが強くて、少し冷たい態度をとってしまった。


けれど、そんな私の態度にも何も言わず男子生徒はふっとと穏やかに笑った。


「僕、真白斗亜っていうんだ。君のペア。まあ、よろしくね」


「貴方だったのね!わざわざ言いにきてくれてありがとう。私もペアとして足を引っ張らないよう、誠意いっぱい頑張るわ!」


にこっと笑いかけると、笑い返してくれた。


周りとは違う反応を見せてくれる、やっぱり面白い子だ。


「真白斗亜」…だんだんと興味が湧いてきた。


「それじゃあ、そろそろ失礼するわね。ごきげんよう、また明日」


ぺこりと頭を下げて礼をする。


「うん、また明日」


私はツキのところへ向かうため、真白に背を向けた。


***


「ツキ、そろそろ帰りましょ。みなさんごめんなさいね、ツキはこの後用事があるの」


女子生徒達は顔を見合わせて「それなら仕方ないか〜」「ツキくんに迷惑かけたくないしね!」と言ってツキから離れてくれた。


大変だったのか、嫌だったのかツキが不機嫌そうだ。


これは早く帰らせてあげないと。


「みなさんごきげんよう。また明日からよろしくお願いいたしますわ」


私はクラスメイト達に手を振って教室を出ていった。


***


教室を出た私達はその後、寮部屋に戻った。


それからは私は特に誰とも話さずに1日を終えてしまった。


食事は、寮とは別の建物の食堂で食べられることになっている。


もちろんユウやツキと行くわけもなく、ひとりで向かいひとりで帰ってきた。


それからお風呂に入り、勉強をして普段通りの23時に布団に入った。


アラームはいつも8時に鳴って起きるので、9時間は寝れる。


だから、この時間に布団に入っても問題はない。


たまにだが、任務で23時頃まで外へ出掛けていることもあるのだ。


明日から本格的に調査が始まっていくので、やるべきことを考えながら私は夢の中へと入っていった。


***


ここは…。


あ、そうだ。


(わたくし)はご当主様に呼ばれているのでしたわ。


早く行かなければ。


大好きな薔薇の香りがする。


ここはアイリス家の屋敷で、私はカレン・アイリス。


この家の使用人である。


真っ白な大理石の廊下を歩いて、私は御主人様の部屋に向かう。


何故呼ばれたのかは全く分からないが、何を言われようと使用人の私に拒否権など存在しないのだ。


死ねと言われれば死ぬ、その覚悟で私は日々生活を送っている。


正直、私の命や人生などどうでもいい。


だって、私は生まれてはいけない存在だったのだから。


歩いて行くと、御主人様の部屋が見えてきた。


御主人様の部屋の前にはふたりの男が立っている。


このふたりは常に当主様の部屋の前にいる見張り役である。


以前アイリス家の者を暗殺しようなどと考える輩(やから)がいたもので、その日からこのように警備はずっと行なっている。


私は御主人様の部屋の前に立ち、見張り役の男達に言った。


「私はアイリス家の使用人のカレンです。御主人様に呼ばれ、ここへ来ました」


男達は顔を見合わせてから、“わかりました”と言って部屋のドアをノックした。


コンコンッ。


「カレン様がいらっしゃいました。お部屋に通してもよろしいでしょうか」


中にいる人物に私を通して良いか確認をしているようだ。


やがて、老けた男の声がした。


「入れ」


その一言で、私の体に緊張が走る。


御主人様にお会いするのは、いつぶりだろうか。


嬉しいような、嬉しくないような…。


そんな矛盾した気持ちを抱えながら、見張り役の男達が開いたドアを通る。


「御主人様…」


奥のイスに座る40代後半の男を見て言う。


顔にはシワが多く、誰が見ても老けていると思うであろうその顔はずっと無表情で怖さを感じる。


「来たか。…早速だがカレン、お前に選択肢をやろうと思ってな」


そう言って立ち上がった。


この男の名はトリカ・アイリス、この家の主人であり私の実の父である。


私が落ちこぼれだということを知り、私を1度は捨てようとも考えたそんな残酷な男だ。


それにしても、御主人様が私なんぞに選択肢をくれるとはどのような心境の変化が合ったのだろうかとても不思議だ。


「カレン、お前はレンカの通うバーベナ学園へ行ってもらう。もしお前が私に認められたいと言うのならば、レンカ以上の成績を出してくるのだ」


レンカというのはアイリス家令嬢のレンカ・アイリス、私の姉のことである。


そしてバーベナ学園は、国1番の名門校。


限られた優秀生徒のみが通える、超優秀学園なのだ。


バーベナ学園に通えるなって思ってもみなかった…。


嬉しさを隠し、本当にバーベナ学園へ通えるのかを確かめるかのように御主人様に確認を取る。


「御主人様に認められたいのならば、レンカ様の成績を越えなければならない、ということで合っていますでしょうか?」


御主人様はゆっくりと頷いた。


「承知いたしました。ちなみに、学園に通うのはいつ頃からでしょうか」


少しにやけた顔を隠すように深く礼をしてお礼の気持ちを表してから、ひかえめに質問を投げる。


「6月16日月曜日からだ。ちょうど1週間後のな。早急に準備することを勧める」


「承知しました。感謝いたします」


私がそう言うと、御主人様は手に持っていた杖をドアへ向ける。


「下がれ」


私は深く礼をしてから回れ右をして、部屋から出る。


「…失礼いたしました」


用が済んだ私は、まだ仕事が残っているため仕事場へと向かうことにした。


「御主人様に呼ばれて、あんなこと言われていたのにカレン様はすげーな」


「ほんとほんと。なんであんなにも堂々とできるのか不思議だよ」


そんなふうに言われているのも知らずに。