私の目の前には、いるはずのない仕事服を着たツキ。


後ろには銃を構えたサク。


サクの隣にはレン。


他の人が見たら、“やばい雰囲気”になっていて、私は焦った。


だってこんなの、ルール違反だから。


「サク兄さんは何してるの?それにその2人…」


その2人とは、瑠璃華と羅華を指しているのだろう。


その反応は当たり前のものだ。


こんな血まみれな2人を見たら、誰だって多少なりとも驚くだろう。


処分対象でもないのに、なぜこのような姿なのかと。


私にだって説明できないけど。


私はどうすればいいか迷い、オロオロしていた。


その時、ツキがしゃがみ私の耳元で言った。


「華恋、走れる?」


「…え、ええ。大丈夫よ」


走れるか、つまりは走れということ。


ツキは立ち上がり、銃口をためらわずサクに向けた。


「兄さんがそんな人だったなんて、残念だよ」


ツキにふっと微笑むサク。


「じゃあどうするの?僕達はお互い殺すことができない。そんな物騒なものを向けて、何をしようと?」


その言葉に、今度はツキがふっと笑った。


「それを言うなら兄さんもだろ。僕は…俺はただ華恋を守りたいだけだ!」


これだけ感情的になっているツキは、初めて見る。


そして、私のためにルールを無視したことも。


ツキと視線が合う。


私はその意味を読み、2人をもう一度背負って走り出した。


「ツキは誰の味方になるんだい?」


「もちろん華恋だ。俺の…初恋の女だから」


こんな会話を聞いてる暇もなく、私は一生懸命に走った。


***


「はぁ…はぁ…」


流石に2人を背負って階段を2階上がったり、走ったりするのはきつかった。


息を切らしたなんて何年ぶりだろう。


「う、あっ」


やっと屋敷の外に出られた時、つまずいてしまった。


さすがに、もう一度立ち上がる体力はないかもしれない。


どうしよう、と困っていると。


「なーにやってんの?」


頭上から声がした。


いつもみたいに呑気でムカつく、ユウの声が。


「ユウ…」


「うっわ、何その見た目。どうしちゃったのさ」


ユウに言われたことなんか無視して、ユウの着ているスーツのズボンを軽く引っ張る。


「お願い…なんでもするから、瑠璃華と羅華を助けて…」


私は震える声でお願いをした。


今はこれしかなかった。


だから、ユウなら助けてくれると信じて。


「…はぁ〜、分かったよ。とりあえず、車に連れてくぞ」


そう言って、ユウは瑠璃華と羅華を背負い、歩いていった。


私も頑張って体を起こし、ユウの後をついていった。


車に着き、車中に入る。


ユウは意外なことに、病気などにも詳しくてケガの治療もしてくれる。


戦闘能力も長けているし、治療もできるなんて正直すごいと思う。


なかなかそんなマフィアいないから。


たぶん貴重だと思う。


ユウが瑠璃華と羅華を注意深く見る。


それから、口を開いた。


「うん。まあ急所はきれいに避けられてるし、命に別状はないかな」


そう言われてほっとする。


でも、急所を避けられてこんなに血まみれなら、相当苦しんだのだろう。


サクも悪趣味にも程がある。


もっと早くに来ることができたら…と思った。


いや、過去を悔やんでも仕方がない。


今は一刻も早く治療をしてあげないと。


「救急箱とか持ってきてある?」


「ああ、持ってきてるから大丈夫。心配すんなって」


自信満々に言うユウに嘘はなくて、不思議と安心できた。


ユウは救急箱を取り出し、急いで2人の治療をしてくれた。


***


2人の応急処置が終わって数十分後、ツキが屋敷から出てきた。


汗だくだったし、相当頑張ってくれたんだと思う。


ありがとう、と素直に声をかけたかった。


でも、できなかった。


帰ってきた時ツキの瞳には光がなくて、闇に包まれていた。


まるで、昔の自分を見ているような気分だった。


ユウに話しかけられていたけれど、「うん」とか「分かってる」としか言わなかった。


こんなツキ見たことなくて、動揺した。


車で移動している時も、ただただ外を眺めていた。


何かあったのだろうか。


結局私には、何もできなかった。


***


雨晴の屋敷に着いて、「秘密の場所」に案内した。


ここを誰かに教えたのは初めてだった。


華お姉ちゃんの死と、あの日記がある場所。


私の大切な一室。


「どうぞ」


「この場所は…?」


部屋の血痕や棺桶を見て、ツキが声をもらした。


それからハッとしたように口元を押さえた。


彼女が亡くなった時、私と同年代であるツキは当時2歳だった。


だから、華お姉ちゃんのことを聞かされているのだろう。


そして、彼女が亡くなった場所だと悟ったのだろう。


「ユウ、とにかく2人を…」


「分かってるって」


指示も出さずに、ソファに2人を下ろすユウ。


その時私は、どうしようか迷っていた。


この2人が“サクに殺されるところだった”と知れば、私達に味方をしてくれる人なんていない。


みんなサクには逆らえないから。


そうなると医者にも見せられないので、自然完治を待つしかない。


でも、この状態じゃ自然完治まで時間がかかりすぎる。


いくらマフィアの回復速度が早いからといっても、人間だ。


「またサクに狙われるかも知れないわ。それまでに完治するとも思えない」


「は〜?だったらどうすんのさ」


今は手段がない。


これ以外思いつかないから、信じるしかない。


「…ねえ、2人とも。今から見ることを全て説明するかわりに、誰にも言わないでほしいの」


私は強くそう言った。


これしか方法がないなら、私の能力は知られてもいい。


瑠璃華と羅華を…助けたい。


「何をする気だよ。まずそれを教えろ」


「無理よ。言わないって約束するのが先」


いきなりそんなことを言われて条件を呑めるほど、バカじゃないみたい。


どうすればいいか、と考えていると。


「いいよ、約束する。全部説明してくれるならね」


「え…?い、いいの?」


「うん」


ユウとは正反対の回答をしたツキに、拍子抜けしてしまった。


そして、ツキは頷いた。


「はぁ〜、結局こうなるんだから…。いいよ、俺も約束する」


ツキが約束すると、ユウも複雑そうな顔をしながらもいいよと言ってくれた。


「ありがとう」


私はお礼を言ってから、傷だらけの瑠璃華と羅華の手を握る。


それから力が湧き上がってくるのを感じ、それを解き放った。


私の髪が淡い紫に変わり、瞳も同じように変わる。


少しばかり自身の手が光った。


その後、瑠璃華と羅華の手から順に体が光る。


「なんだこれ…」


ユウも驚いている様子。


でも、今はそんなのに構ってる暇はない。


私は全神経を集中させて、傷を癒していった。


腕や足の小さな傷から治り、やがて全ての傷口が閉じた。


「意味わかんない…」


ユウとツキは、唖然(あぜん)としていた。


こんなファンタジーにしか出てこないようなものを目にしたら、そうなるよね。


この世界の女神の伝承は禁忌の書庫にあるらしいし、魔力をもった人も存在しないみたいだから。


2人からすれば異質の存在の“私”。


さあ、どう説明しようものか。