ハルカから、ストーカーのことについて相談されて、これはいけない、俺が守らないと、どうにかしないと、って思ったんです。俺、ハルカのこと好きですから。でも、ストーカーはなかなかしつこくて。粘着質で。ハルカのことを怖がらせて泣かせてばかりで。その度に俺はハルカの側にいてやりました。ハルカも次第に俺に心を開いてくれて。とても不謹慎なんですけど、ストーカーのおかげで、ハルカが俺を見てくれるようになったんですね。感謝してはいけないと分かっていても、俺はハルカのことが好きだから、ハルカにも俺のことを好きになってほしいわけで。ストーカーの所業が酷ければ酷いほど、ハルカは泣いて俺に縋ってくれる。助けてと俺を頼ってくれる。それが嬉しくて、気持ちよくて、ストーカーの存在にありがたみを感じてしまいました。もっとやってくれ、もっと傷つけてくれ、もっと恐怖を与えてくれ、って思ってしまったんです。その願いが通じたのか、通じてしまったのか、ストーカー、かなり頑張りましたよね。ハルカに自分の切った爪を封筒に入れて送りつけたり、家に上がったことあるよ、って示唆するみたいに、ハルカのだと思われる髪の毛の塊まで送ってきたり。あれですよ、風呂場の排水溝に溜まってるようなあの塊です。汚いですよね。でもストーカーにとってハルカの髪の毛は、貴重で崇高な代物で、処分するのは考えられないものなのだと思います。送付しなかった分は、大切に保管してるんじゃないですかね。恐らく蒐集してますよ。ハルカの髪の毛。それから、ありきたりですけど、盗撮写真です。ハルカのプライベートを映した大量の盗撮写真も送りつけてきたみたいで。ずっとハルカに付きまとっていた証拠ですね。ハルカ、涙目になってました。それらは決して派手ではない地味なやり口ですけど、そんなことが毎日のように続いたら流石に病みますよね。案の定、ハルカは精神的に参ってしまって。そんな時に俺はいつも隣にいました。そして、吊り橋効果を最大限に利用して、ハルカに告白しました。今しかないと思ったんです。最低ですかね。でも、なりふり構っていられなかったので。このままだとハルカが壊れると思ったので。ストーカーに殺されると思ったので。そうなる前に俺のものにしておこうと。確信はありました。ハルカは俺のことを好きになってるっていう確信。無論、告白は成功ですよ。ストーカーから身を挺して守りたい。ずっとハルカのことが好きだった。俺と付き合ってほしい。真剣な顔をして、じっと目を見てハルカに言ったら、ハルカは嬉しそうに首を縦に振ってくれたんです。私も好きだよ。ストーカーから助けてほしい。迷惑ばかりかけてごめんね。私もできることはするから。でも一人は怖いから一緒に戦ってほしい。隣にいてほしい。そうハルカは口にして、俺の胸に顔を埋めました。素直で健気で謙虚で可愛くて、俺はもうたまらなくなりました。絶対に離してやらない。ハルカから伸びていた手綱は俺のもの。俺の手の中にある。俺が握ってる。離さない。一生離さない。ハルカはもう俺のもの。俺の大事な恋人。彼女。こうして、俺とハルカは晴れて付き合うようになりました。もう胸がいっぱいです。感無量です。毎日幸せです。でも、ここまで凄く長かったんですよ。思っていた以上に時間がかかってしまいました。ありとあらゆる手を使ってハルカの視線を自分に集め、完全にハルカが俺に堕ちたタイミングで好きだと畳み掛けて止めを刺す。その瞬間は最高に気分が良かったです。ハルカはもう俺のものなので、俺の好きなようにできます。キスもセックスも罪悪感を覚えることなくできます。好きで好きでたまらなくて、毛髪も細胞も血液も呼吸も体温も何もかも自分だけのものにしたくて、それで、そうです。殺しました。首を、ぎゅう、ぎゅう、ときつく絞めて殺しました。こう、ぎゅう、ぎゅう、ぎゅう、って。雑巾を絞るみたいに思い切り。ぎゅう、ぎゅう、って。分かりますか。ぎゅう、ぎゅう、ですよ。分かりますよね。分からないはずがないですよね。ぎゅう、ぎゅう、と首を絞るとですね、ハルカの口からおいしい涎か泡かが顔を出したんです。舐めました。舐めたからおいしいって分かったんです。唇でハルカの呼吸を、手のひらでハルカの体温を奪って、そうやってハルカを殺しました。俺がハルカを殺しました。この手で殺しました。ちゃんと自分の手で、最初から最後まで誰の手も借りずに、ちゃんと自分の手を使って自分のものにしてから殺したんです。自分のものは自分の好きなようにしても誰にも咎められないですよね。ハルカは俺のものです。俺が自ら俺のものにしたんです。ハルカを殺したのは俺です。そこで、先程見せてもらったハルカとミオリのラインのやり取りのことになりますけど、客観的に見ると恥ずかしいですね。だって、あれは最初から俺がハルカに成り切って送っていたので。あの時点で、俺はもうハルカを殺してました。ハルカは死んでました。布団に潜って眠っていました。それはもうぐっすりと。すやすやと。すやすや。すやすやです。すやすや。何も知らないミオリからラインが届いて、このまま放置するのは逆に怪しまれるなと数秒頭を悩ませた結果、ハルカの代わりにやり取りすることにしました。ハルカの首を絞った感覚がまだ僅かに残る指先で、ハルカのスマホの画面を触って文字を送ったんです。自分のことをウラセくんと言ったり、それっぽい言葉を投げて適当に恋愛相談に乗ったり、自分でもちょっと気持ち悪いなと思いましたし、早い段階で冷めた感じの返信になってしまっていたので、ハルカじゃないってバレるかもしれないとも思いましたけど、意外とバレないものですね。文字だけだからですかね。それなら嘘は吐き放題です。バレなければ嘘は真実のようなものです。根拠はありません。あくまで自論です。ただ、ハルカを装って嘘を吐き続けた手前、今後のことを考えると、一つだけ気がかりなことがあります。ミオリです。スマホ画面の向こう側にいたミオリです。この真相を知ったミオリが、ハルカを殺してハルカに成り切っていた俺を殺しにくるかもしれません。ハルカと仲が良かったので。そういうことがあったら、殺したいほど犯人を憎むと言っていたので。手にはかけないと言ってましたけど、それは、身近な人が殺されるという経験をしたことがない上に、頭が沸騰して何も考えられなくって、抑えられないほどの強い殺意や殺人欲求に支配されたこともないから言えたことだと俺は思うんですよ。だから、ミオリは俺を、え、なんですか、あ、はい、ミオリも、ああ、え、そうだったんですか。それ、本当ですか。本当、ですか。まさか、そんな偶然ってあるんですね。事実は小説よりも奇なりってやつですか。ああ、うん、だったら、どうしよう。ハルカは俺のものなのに、俺のものじゃなくなってるかも。嫌だな。ハルカは俺のものなのに。死んでも俺のものなのに。殺して俺のものにしたのに。でも、俺はずっとハルカのことが好きだよ。愛してる。自分を追い詰めていたストーカーの正体が、いつも自分の隣にいて、自分が好きになった男だとも知らないまま、その男に縋って、頼って、貞操を捧げて、挙げ句の果てには殺されて、可哀想で、可愛いね、ハルカ。愛してる。そんな鈍感なハルカも愛してる。俺はどんなハルカも愛してる。分かってくれますよね、俺のこの気持ち。分かりますよね。分からなくなんかないですよね。ハルカ、愛してる。俺はハルカを愛してる。死んでも愛してる。なんで。どうして。歪んでるだなんて、どうして、どうしてそんなこと言うんですか。俺はハルカを愛してるだけです。殺すことで愛を証明したんです。証明できたんです。ああ、ハルカ、愛してる。握っている手綱はずっと離さない。永遠に、ハルカは俺のもの。