空に還る。

「…勝手にせんね。なんかあっても知らんけんね」

「かのちゃんにも伝えとる。お母さんには迷惑かけんけん。気にせんで」

「私にはって…!…もうよか。知らんけんね」

出勤時にいつも持っているトートバッグを肩に掛け直して
お母さんはわざとみたいに足音を鳴らしてリビングを出ていった。
玄関のドアが閉まる音もいつもより荒々しく聴こえる。

昨日は出勤だったはず。
連絡もよこさずに平気で朝…朝もとっくに通り越しているけれど
中学生の娘を一人置いて遊び歩く親なんか、居ないのと同じ。

こういう時だけ大人の顔をして
保護者であることを振りかざす親が私は大嫌い。

家族なんてとっくに破綻しているのに。

ここにあるのは家庭なんかじゃない。

ただの家族サークルだ。
いつ解散したっていい。
もうとっくに機能していないんだから。

「あんず…大丈夫?」

「ごめんね、琴音。みんなも…恥ずかしかとこ見せたね…」

「中村は悪なかたい。この後大丈夫や?」

「大丈夫。どうせまたしばらく帰ってこんけん。それよりサコソウ、よう機転の効いたね」

「きっちゃんのことか?俺、中村の親と会うのは初めてやけん。兄弟のことなんか知らんやろ?俺の弟ってことにしとけばややこしくなかろ」

「ありがとう。きっちゃんも守ってくれてありがとうね。ごめんね…痛かったやろ」

「こげんとはなんもなか。僕、やっぱ出ていこうか?あんずがこげん目に遭うとは嫌やけんね」

「絶対ダメ!」

「なんでや?」

「出ていってどうすっと?眠る場所も、ご飯だって食べれんかもしれんとよ?きっちゃんは絶対に自分の家に帰るとやけん。ほっとけるわけなかやろ?」