空に還る。

十一時二分。
私達が出逢ってしまったあの石の前できっちゃんは足を止めた。

その隣に並んで立つ。
きっちゃんはちょっと腰をかがめて石に触りながら言った。

「こいはいつからあるとね」

「さっき言ったたい、小学生になるまでは違うとこに住んどったって。でもお母さんは夜も働いとったけんさ。じいちゃんちに預けられることも多くてここにもよう来よったとばい。いつからとか分からん。私が生まれる前からやろ」

「あんずの母さんもここで産まれたとね?」

「そりゃそうたい。じいちゃん達、この町から出たことなかっちゃけん」

「じゃあ母さんが小さか時はどうや?あったっか、こいは」

何度か見せてもらったことのある、母が小さかった頃のアルバムを思い出してみる。
だけどそんな細かいことまでは憶えていない。
じいちゃんちに行けば今もアルバムは残っているだろう。

じいちゃんちの鍵、どこにあったっけ。

考えているよりも、もっと早い方法がある。

「待っとって」

きっちゃんに言い残して、私はかのちゃんの家に向かった。
かのちゃんなら絶対に知っているんだから聞けば早いことだ。

たばこ屋は古い建物だから呼び鈴がついていない。
ここに来る時は大声で呼び出すことがセオリーだった。

出てきてくれたかのちゃんは、あんな石のことを知りたがる私達のことを不思議そうにしながらも教えてくれた。

「よかね。子どもは興味の持てることばっかりで」

家の奥に戻っていくかのちゃんにお礼を言って
きっちゃんの所に戻った。

ジッと石の前に佇むきっちゃんは切り取られてまるで違う場所に貼り付けられた絵画みたいに異質に見えた。

触れられるのに、そこに居てはいけない人。
何故か、違う次元で生きてしまっている亡霊。

セミの声が一段と大きくなった気がして
耳を塞いでしまいたかった。