世界はそれを愛と呼ぶ



「あの日、総一郎の前で毒を飲んで絶命したのは、私の意思でした。─まさか、あれがあの人をここまで狂わせるなんて思わなかったけど」

”絶命”─その言葉に、陽向は目を見開いた。
なら、目の前にいる彼女は一体、なんだというのか。

「─黒橋沙耶様のことに関してなら、私はきっと誰よりも詳しい。私は何度も人形になって、何度も、利用されかけて……だからこそ、奴らが何をしてきたのか、説明することができます」

「仁知華、貴女」

「御安心を、千華さま。最近は捕らわれず、きちんと逃げてましたよ。そして、とある人達のお世話係をさせて頂いていたのです。でも、その方々が全てを諦めていて……その未来を、私は認めるべきなのでしょう。紛れもなく、今の主が定めたことならば。でも、私はわがままなので、あの心優しい方々がそんな最期を迎えることを、どうしても許せそうにないのです」

だから、もう一度、動くことにしたと笑う。

「今度、パーティーを開くのですよね?なら、私もそれに同行させてください。夏の常盤も、秋の西大路も問題ですが……何より、冬の天ヶ瀬を止めなければ、この悲劇は終わることはありません」

「天ヶ瀬がいちばん、危険性が高いのか?」

「パッと見れば、常盤の行動が目立つでしょう。それもそのはず。常盤当主の目立ちたがりな性格を利用して、天ヶ瀬の当主が動かしているのです。あの人は昔から望んだものはなんでも手に入れたがり、そのためならば、何でもします。─馬鹿で、とても可哀想な人なので、未だに愛に溺れたまま、幻想を追い求め続け、心を壊し、多くのものを巻き込んでいる」

「仁知華、」

「千華様、そんな顔をしないでください。─私はもう利用されるだけでは耐えられないのです。あの人の娘なので、わがままで、強欲なんです。最初は愛のための行動だったのでしょう。それは瞳を曇らせて、多くの命を摘み取った」

その罪は必ず裁かれなければならない、と、仁知華さんは強い口調で言い放ったあと。

「その為にあの日、私は毒を飲みました。総一郎との契約を切り、毒を飲み、彼の前で果てました。─賢いあの人なら、自らの身に異変がないことで察してくれるかと思いましたが、本契約を結んでいなかったから、そんなに身に変化は訪れないのですね。急に手段を選ばなくなるから、最初の予定から大狂いで困っているのですよ」

そう言って笑っているが、この話しぶりからして。

「─兄さん、もうわかっていると思うけど。仁知華はね、総一郎の運命なの。運命の番」

千華が言う。目の前の嵐のような彼女を示して。

「そして、冬の天ヶ瀬現当主である男の、最初の子。彼が唯一愛した女の娘であり、あの人が唯一恐れるのが私です。─天ヶ瀬を潰す、良い手札でしょう?」

ニコッと、皇仁知華は笑う。

「誰かの犠牲の上にしか成り立たぬ幸せなど、最初から望むべきではないのです。─私の母が死んだのは、誰のせいでもありません。ただの寿命でした。そして、その為に父に別れを告げたのも、誰のせいでもありません。ただ、愛した人に悲しんで欲しくなかっただけ。その想いを理解できれば、こんなことにはなっていないのかも。でもそれは、全て奇跡に近いです。受け入れ、許し合い、最期まで想い合える関係は……そう例えば、黒橋家先代当主夫妻のような、帳尻が狂ってもなお、綺麗に型に収まってしまうような奇跡は、稀にないから、奇跡と呼ばれる」

最愛の忘れ形見。─それすらも傷つけるほど、その男は何も見えなくなってしまったのか。