「二つも食べられるかしら……」

 四人分のティーカップを熱湯で温めていた珠莉が、キッチンから心配そうに言った。
 彼女はモデル並みのスタイルをキープしたいので、太らないか気にしているのだ。

「大丈夫だよ、珠莉ちゃん。珠莉ちゃんが食べられなかったらわたしがもらうし、わたしがムリでもさやかちゃんが喜んで平らげてくれるよ」

 さっきの喜び方からして、彼女ならチョコスイーツはいくらでも入るんだろう。

「……そうね。ところで愛美さん。私ね、先ほど叔父さまがおっしゃったことで、一つ引っかかっていることがあるんだけど」

「ん? 引っかかってることって?」

 愛美は首を傾げた。――彼は何か気になるようなことを言っていただろうか? と。

「…………いえ、何でもないわ」

 何か言いかけた珠莉は、言うのをためらったあと、結局やめた。
 愛美はますますワケが分からなくなり、頭の中には〝(はてな)〟マークが飛んだ。

(珠莉ちゃん、何が引っかかってるんだろ?)

「――そういえば珠莉ちゃん、純也さんに知らせてくれてたんだね。わたしが入院してたこと」

「……えっ? ええ……」

 珠莉は戸惑いながらも頷く。――何に戸惑っているのかは、愛美には分からなかったけれど。

「そっか。ありがとね、珠莉ちゃん。おかげでまた純也さんに会えた」

「……とっ、当然のことでしょう? 親友なんですから、私たちは。――さ、紅茶が入ったわ。テーブルまで運ぶわよ」

 思いがけず、愛美に感謝された珠莉は満更(まんざら)でもなさそうで、照れ隠しにつっけんどんな態度を取ってみせた。

「うん。お砂糖はシュガーポットごと持ってって、各自の好みで入れてもらうってことでいいよね?」

「ええ、そうね」

 さやかは甘さ控えめ、純也さんは自分と同じ甘めが好みだと愛美は知っているけれど。珠莉の好みまではまだ()(あく)していない。
 カフェや喫茶店じゃあるまいし、一人一人にいちいち訊いていたらキリがない。各自で入れてもらう方が合理的ではある。

「――紅茶が入ったよー。お砂糖はここね。各自で入れて下さーい」

 愛美は珠莉と手分けして、紅茶で満たされた人数分のティーカップをテーブルに置いて回った。最後にシュガーポットをテーブルの真ん中に置き、説明する。
 珠莉は太りたくないのか、紅茶にお砂糖を入れなかった。

「ありがとう。じゃあ、頂こうか」

「「「いただきます」」」

 女子三人が手を合わせ、全員がフォークに手を伸ばした。

「――美味し~♪ フワフワ~☆」

 チョコスイーツには目がないさやかが、一口食べた途端にうっとりと顔を(ほころ)ばせた。
 見た目は濃厚そうなチョコレートケーキは、食べてみるとそれほど甘さがしつこくなく、フワッと口の中で溶けてしまう。

「ホントだ。コレなら二切れくらい、ペロッと食べられちゃうね」

 愛美も同意した。これなら胸やけの心配もなさそうだ。
「二切れも食べられるのか」と心配していた珠莉も、一切れはあっという間に平らげ、早くも二切れめにかかっている。

「――ところで愛美ちゃん。千藤農園はどうだった?」

 ケーキを一切れ残し、紅茶を飲んでホッとひと息ついた純也さんが、愛美に訊ねた。
 話すのはもう八ヶ月ぶり、しかも前回は電話だったので、面と向かっては約一年ぶりになる。

「はい、すごくいいところでした。空気はおいしいし、星空もキレイだったし、みなさんいい人でしたし。色々と勉強になることも多くて」

「そっかそっか。楽しかったみたいで何よりだよ」

 愛美の答えに、純也さんは満足そうに笑った。

「ホタルは見に行った?」

「いえ。いるらしいってことは、天野さんから聞いたんですけど。わたしは遠慮したんです。一人で行ってもつまんないし、もし見に行くなら好きな人と一緒がいいな……って」

 その〝好きな人〟を目の前にして、とんでもないことを口走ってしまったと気づいた愛美は、最後の方はモゴモゴと口ごもってしまった。

「好きな人……いるんだ?」

「ぅえっ? ええ、まあ……」

 正面切って訊ねられ、愛美は思わず挙動(きょどう)()(しん)になってしまう。

(う~~~~っ! 穴があったら入りたいよぉ……)

 これ以上勘繰られても困るので、愛美はコホンと小さく咳ばらいをし、気を取り直して話題を農園のことに戻した。

「――純也さん、子供の頃にあの場所で過ごしてたんですよね? 喘息の療養をしてたって。多恵さんが教えて下さいました」

「多恵さんが? 僕について、他には何か言ってなかった?」

「純也さんのこと、ベタ褒めしてらっしゃいましたよ。すごく正義感が強くて、素直で無邪気な子だったって」

 多恵さんがベタ褒めしていた純也さんのいいところは、大人になっても変わっていないと愛美は思う。彼は今でも、純粋で優しくてまっすぐな人だから。

「いやぁ、そんなに褒められてたか。ちょっと照れ臭いな」

 そう言いながら、頬をポリポリ掻く純也さん。でも、言葉とはうらはらにとても嬉しそうだ。

(こういうところが素直なんだよね、この人って)

 だから愛美も、彼に惹かれたんだと思う。

「久しぶりに多恵さんに会いたいな。去年の夏は忙しくて、長期休暇も取れなかったから行けなかったけど。今年の夏は何とか農園に行けそうなんだ」

「えっ、ホントですか? 多恵さん、きっと喜んでくれますよ」

「うん。夏のスケジュールがまだハッキリしてないから分からないけど、多分行けると思う」

(今年の夏は、純也さんも一緒……。わたしも行かせてもらえるかな)

 〝あしながおじさん〟が気を回して、そう手配してくれたらいいのになぁと愛美は思った。
 それとも、「男と一緒なんてけしからん!」なんて怒って、許してくれないだろうか?