****
『拝啓、あしながおじさん。
わたしが横浜に来て、二度目の春がやってきました。そして、高校二年生になりました!
今年は一人部屋じゃなく、さやかちゃんと珠莉ちゃんと三人部屋です。お部屋の真ん中に勉強スペース兼お茶スペースがあって、その周りに三つの寝室があります。でも、ルームメイトだったらそれぞれの寝室への出入りは自由なんだそうです。
そして、わたしは文芸部に入ることにしました。小説家になるには、個人で書くだけじゃ多分、人から読んでもらう機会は少ないと思うので。もっとたくさんの人の目に触れるには、その方がいいと思うんです。
今年は一年生の頃よりもたくさんの本を読んで、たくさんの小説を書こうと思います。
一年前、わたしは孤独でした。でも今は、さやかちゃんと珠莉ちゃんという頼もしい親友がいるので、もう淋しくありません。
ではまた。これからも見守っててくださいね。 かしこ
四月四日 二年生になった愛美 』
****
――新学期が始まって、一週間が過ぎた。
「愛美、結局文芸部に入ることにしたんだ?」
夕方、授業を終えて寮に帰る道すがら、さやかが愛美に訊いた。――ちなみに、もちろん珠莉も一緒である。
「うん。せっかく誘ってもらってたしね。あの時の部長さんはもう卒業されちゃっていないけど、大学でも文芸サークルに入ってるんだって。たまに顔出されるらしいよ」
愛美は春休みの間にそのまま茗倫女子大に進学した彼女を訪ね、わざわざ大学の寮まで出向いた。
大学の寮〈芽生寮〉は、この〈双葉寮〉よりもずっと大きくて立派だった。外部からの入学組も多いため、収容人数も高校の寮の比ではない。
「へえ、そっか。喜んでたでしょ、先輩」
「うん。二年生だけど、新入部員だからなんかヘンな感じだね」
「そんなことないよ。むしろ新鮮だって思うべきだね、そこは」
上級生になったからって、いきなり先輩ヅラする必要はない。一年後輩の子たちとも、新入部員同士で仲良くなれたらそれでいい。そうさやかは言うのだ。
「そうだね。――ところで、二人はもう部活決めた?」
一年生の時は、それぞれ学校生活に慣れるのに必死だろうからと、部活のことは特に言われなかったけれど。二年生にもなれば、各々入りたい部活ややりたいことも見つかるというもので。
――もっとも、この学校は部活に対しても生徒個人の意思に任せる校風なのだけれど。
「あたしは陸上部かな。中学でも三年間短距離やってたし、小さい頃から運動得意なんだよね」
「へえ、スゴい! 珠莉ちゃんは?」
「私は茶道部かしら。お茶とお花は大和撫子のたしなみですもの」
対照的な性格の親友たちは、部活を選ぶ基準も対照的だ。運動神経のいいさやかと、「さすがはお嬢さま」という珠莉。それでも仲良くできているのだから、世の中は不思議である。
ところが、そんな珠莉にさやかが茶々を入れる。
「そんな優雅なこと言ってるけど、ホントはお茶菓子が食べたいだけなんじゃないのー?」
「……んなっ、そんなことありませんわ! さやかさんじゃあるまいしっ」
「どうだかねえ」
珠莉はムキになって否定したけれど、本当のところはどうなんだろう?
(まあ、楽しめたら理由なんて何でもいいよね)
本当に茶の湯を学びたかろうが、お茶菓子目当てだろうが、どちらでもいいと愛美は思う。
「――あら?」
「……ん?」
〈双葉寮〉の手前まで来た時、珠莉が寮の前に佇む一人の男性の姿に気がついて声を上げた。
百九十センチはありそうな身長といい、ナチュラルブラウンの髪の色といい、あれは――。
「やあ。久しぶり」
「純也さん……」
「おっ、叔父さま!」
やっぱりその男性は、ベージュ色のスーツをビシッと着こなしている純也さんだった。
今日は何やら箱を持っている。――あの中には何が入っているんだろう?
「今日はどうなさいましたの? ご連絡もなしでいらっしゃるなんて」
「いや、仕事の用事で横浜まで来たから、ついでに寄ったんだ。連絡しなかったのは、ビックリさせようと思ったからだよ」
叔父と姪の会話に入っていけない愛美の背中を、さやかがポンと叩いた。
「……えっ?」
「ほら、行っといで」
「わわっ!」
そのまま文字通り背中を押された愛美は、純也さんの目の前で止まった。
(~~~もう! さやかちゃんのバカ!)
純也さんと話したいのに、緊張でなかなか言葉が出てこない。あたふたしている愛美の顔は今、茹でダコみたいに赤くなっているに違いない。
「あ……、あの。お久しぶりです」
「久しぶりだね。去年の夏に、電話で話したきりだったっけ?」
「はい、そうですね」
千藤農園にかかってきた電話のことだ。もう忘れていると思っていたけれど、彼はちゃんと覚えていてくれた。
「体調はどう? 冬にインフルエンザで入院してたって、珠莉から聞いたんだけど」
「――あら? 私、そのこと叔父さまにお話したかしら?」
「えっ、どういうこと?」
困惑気味に交わされた親友二人の会話は、幸いにも愛美の耳には入らなかった。
「もうすっかり元気です。一ヶ月以上も前のことですよ? でも心配して下さってたんですね。ありがとうございます」
「そっか、よかった。僕もお見舞いに来たかったんだけど、仕事が詰まっててね。ゴメン」
「いえ、いいんです。そんなに気を遣わないで下さい」
病気でふうふう言っている時よりも、元気になってからこうして会いに来てくれた方が、愛美は嬉しい。
『拝啓、あしながおじさん。
わたしが横浜に来て、二度目の春がやってきました。そして、高校二年生になりました!
今年は一人部屋じゃなく、さやかちゃんと珠莉ちゃんと三人部屋です。お部屋の真ん中に勉強スペース兼お茶スペースがあって、その周りに三つの寝室があります。でも、ルームメイトだったらそれぞれの寝室への出入りは自由なんだそうです。
そして、わたしは文芸部に入ることにしました。小説家になるには、個人で書くだけじゃ多分、人から読んでもらう機会は少ないと思うので。もっとたくさんの人の目に触れるには、その方がいいと思うんです。
今年は一年生の頃よりもたくさんの本を読んで、たくさんの小説を書こうと思います。
一年前、わたしは孤独でした。でも今は、さやかちゃんと珠莉ちゃんという頼もしい親友がいるので、もう淋しくありません。
ではまた。これからも見守っててくださいね。 かしこ
四月四日 二年生になった愛美 』
****
――新学期が始まって、一週間が過ぎた。
「愛美、結局文芸部に入ることにしたんだ?」
夕方、授業を終えて寮に帰る道すがら、さやかが愛美に訊いた。――ちなみに、もちろん珠莉も一緒である。
「うん。せっかく誘ってもらってたしね。あの時の部長さんはもう卒業されちゃっていないけど、大学でも文芸サークルに入ってるんだって。たまに顔出されるらしいよ」
愛美は春休みの間にそのまま茗倫女子大に進学した彼女を訪ね、わざわざ大学の寮まで出向いた。
大学の寮〈芽生寮〉は、この〈双葉寮〉よりもずっと大きくて立派だった。外部からの入学組も多いため、収容人数も高校の寮の比ではない。
「へえ、そっか。喜んでたでしょ、先輩」
「うん。二年生だけど、新入部員だからなんかヘンな感じだね」
「そんなことないよ。むしろ新鮮だって思うべきだね、そこは」
上級生になったからって、いきなり先輩ヅラする必要はない。一年後輩の子たちとも、新入部員同士で仲良くなれたらそれでいい。そうさやかは言うのだ。
「そうだね。――ところで、二人はもう部活決めた?」
一年生の時は、それぞれ学校生活に慣れるのに必死だろうからと、部活のことは特に言われなかったけれど。二年生にもなれば、各々入りたい部活ややりたいことも見つかるというもので。
――もっとも、この学校は部活に対しても生徒個人の意思に任せる校風なのだけれど。
「あたしは陸上部かな。中学でも三年間短距離やってたし、小さい頃から運動得意なんだよね」
「へえ、スゴい! 珠莉ちゃんは?」
「私は茶道部かしら。お茶とお花は大和撫子のたしなみですもの」
対照的な性格の親友たちは、部活を選ぶ基準も対照的だ。運動神経のいいさやかと、「さすがはお嬢さま」という珠莉。それでも仲良くできているのだから、世の中は不思議である。
ところが、そんな珠莉にさやかが茶々を入れる。
「そんな優雅なこと言ってるけど、ホントはお茶菓子が食べたいだけなんじゃないのー?」
「……んなっ、そんなことありませんわ! さやかさんじゃあるまいしっ」
「どうだかねえ」
珠莉はムキになって否定したけれど、本当のところはどうなんだろう?
(まあ、楽しめたら理由なんて何でもいいよね)
本当に茶の湯を学びたかろうが、お茶菓子目当てだろうが、どちらでもいいと愛美は思う。
「――あら?」
「……ん?」
〈双葉寮〉の手前まで来た時、珠莉が寮の前に佇む一人の男性の姿に気がついて声を上げた。
百九十センチはありそうな身長といい、ナチュラルブラウンの髪の色といい、あれは――。
「やあ。久しぶり」
「純也さん……」
「おっ、叔父さま!」
やっぱりその男性は、ベージュ色のスーツをビシッと着こなしている純也さんだった。
今日は何やら箱を持っている。――あの中には何が入っているんだろう?
「今日はどうなさいましたの? ご連絡もなしでいらっしゃるなんて」
「いや、仕事の用事で横浜まで来たから、ついでに寄ったんだ。連絡しなかったのは、ビックリさせようと思ったからだよ」
叔父と姪の会話に入っていけない愛美の背中を、さやかがポンと叩いた。
「……えっ?」
「ほら、行っといで」
「わわっ!」
そのまま文字通り背中を押された愛美は、純也さんの目の前で止まった。
(~~~もう! さやかちゃんのバカ!)
純也さんと話したいのに、緊張でなかなか言葉が出てこない。あたふたしている愛美の顔は今、茹でダコみたいに赤くなっているに違いない。
「あ……、あの。お久しぶりです」
「久しぶりだね。去年の夏に、電話で話したきりだったっけ?」
「はい、そうですね」
千藤農園にかかってきた電話のことだ。もう忘れていると思っていたけれど、彼はちゃんと覚えていてくれた。
「体調はどう? 冬にインフルエンザで入院してたって、珠莉から聞いたんだけど」
「――あら? 私、そのこと叔父さまにお話したかしら?」
「えっ、どういうこと?」
困惑気味に交わされた親友二人の会話は、幸いにも愛美の耳には入らなかった。
「もうすっかり元気です。一ヶ月以上も前のことですよ? でも心配して下さってたんですね。ありがとうございます」
「そっか、よかった。僕もお見舞いに来たかったんだけど、仕事が詰まっててね。ゴメン」
「いえ、いいんです。そんなに気を遣わないで下さい」
病気でふうふう言っている時よりも、元気になってからこうして会いに来てくれた方が、愛美は嬉しい。



