(どうして、私はどうしてこんな所に来てしまったのかしら……)
実質アンドレにフラれた翌日の夜。エレノアは夜会へ足を踏み入れていた。そこは、仮面をつけ素性を明かさないまま異性と出会い、一夜を共にする相手を探す貴族たちの秘密の場所だった。
アンドレにフラれたショックで我を忘れ、ヤケになって噂で聞いていたこの場所へ来ては見たものの、明らかに場違いだと思った。色めきだった男女がヒソヒソと小声で話し、お酒を飲みながら楽しげにどこかへ去っていくのだ。
(ヤケになっていたとはいえ、こんな所に来るべきじゃなかったわ。頭も冷えたし、こっそり帰ってしまおう)
エレノアがそう思って会場から出ようと足を運ぼうとした時、急に目の前に人影が現れた。
「こんばんは、麗しき御令嬢。もしかして、お一人ですか?」
「え?あ、はい……」
仮面をつけた男性がエレノアにそっと近づいてグラスを差し出す。突然のことで頭が回らず咄嗟にそれを受け取ると、エレノアよりも随分と年上に見えるその金髪の男性は微笑んでエレノアとさらに距離を縮めた。
「お一人なら、私とゆっくり話をしませんか?魅力的なあなたとぜひ話がしてみたい」
そう言って、男性はゆっくりとエレノアの背中に手を回し、静かに手を動かす。その手は、背中から腰へ、さらに少しずつ下へ降りていくのがわかった。
(ひっ!気持ち悪い!)
ゾワっとした悪寒が背筋を走る。一刻も早くこの場から立ち去りたい。だが、エレノアは体が硬直して動けない。血の気が引いて何もできないでいるのだ。エレノアが動けないことをいいことに、男性の手がお尻まで降りてきたその時。
「失礼、その御令嬢はどうやら具合が悪いようですよ。手を離してあげてください」
突然低い良い声がして、エレノアのお尻に伸びていた手を誰かが掴んでいる。エレノアが驚いて振り返ると、そこには見知らぬ仮面の男性がいた。ふわりとした黒髪に、仮面の下からはルビー色の瞳が見える。
「なっ、邪魔をするつもりか?横取りするつもりだろう」
「横取りだなんて、本当に彼女は具合が悪いんですよ、ほら。顔が青ざめている。そんな御令嬢を無理やり誘うのは、この会場ではマナー違反のはずです。主催者に報告しましょうか」
黒髪の男性に言われた金髪の男性は、チッと舌打ちをしてエレノアたちから離れていった。
(た、助かった……)
バクバクと鳴り響く心臓がうるさい。エレノアが口をハクハクさせていると、黒髪の男性が静かに声をかけた。
「大丈夫ですか?バルコニーに出ましょう、風に当たった方がいい」
「す、すみません」
バルコニーに出ると、心地よい風が頬をかすめていく。ほうっと息を吐くとエレノアは隣にいる男性を見る。
「先ほどは、ありがとうございました。本当に助かりました」
「いえ、どう見ても嫌がっているようにしか思えなかったので。でも、どうしてこんな所へ?その様子だと、本気で夜の相手を探しているようには見えませんが」
「……私、失恋したんです。幼馴染で、兄妹のようにずっとそばで一緒に過ごしてきた相手に、妹のようにしか見えないって、他の御令嬢を抱きしめながらはっきり言われたんです。それで、ヤケを起こしてここに来てみたんですけど……来るべきじゃなかったって、本気で思いました。馬鹿ですよね」
フフッとエレノアが寂しげに笑うと、黒髪の男性は無言でエレノアを見つめる。
「……そうでしたか。俺もついこの間、幼馴染にふられました。良い相手ができていたみたいで、俺のことは兄としか思っていなかったみたいです。似ていますね」
悲しげに、黒髪の男性はつぶやいた。エレノアは驚いて男性を見上げると、男性は宙をぼんやりと見つめている。きっとその令嬢のことを考えているのだろう。まるで自分を見ているようでエレノアは辛くなった。
「もう、帰ります。本当にご迷惑をおかけしてすみません。ありがとうございました」
そう言って、エレノアはふと手元にあるグラスに気づいた。シュワシュワと金色の液体に泡がキラキラと輝いて浮かんでいく。
(高そうなお酒。勿体無い、これくらいならきっと酔わないわ、飲んでしまおう)
そう思って、エレノアはグイッと一気にグラスを開けた。それを見た黒髪の男性は慌てて声を上げる。
「それは……!」
「お酒は弱くないので、これくらい大丈夫です。本当にありがとうございま……あれ?」
急に頭がくらくらする。目の前がふわふわとして段々歪んで、そのままエレノアは倒れ込みそうになるが、既のところで男性が受け止める。エレノアを受け止めた男性は、小さくため息をついた。
実質アンドレにフラれた翌日の夜。エレノアは夜会へ足を踏み入れていた。そこは、仮面をつけ素性を明かさないまま異性と出会い、一夜を共にする相手を探す貴族たちの秘密の場所だった。
アンドレにフラれたショックで我を忘れ、ヤケになって噂で聞いていたこの場所へ来ては見たものの、明らかに場違いだと思った。色めきだった男女がヒソヒソと小声で話し、お酒を飲みながら楽しげにどこかへ去っていくのだ。
(ヤケになっていたとはいえ、こんな所に来るべきじゃなかったわ。頭も冷えたし、こっそり帰ってしまおう)
エレノアがそう思って会場から出ようと足を運ぼうとした時、急に目の前に人影が現れた。
「こんばんは、麗しき御令嬢。もしかして、お一人ですか?」
「え?あ、はい……」
仮面をつけた男性がエレノアにそっと近づいてグラスを差し出す。突然のことで頭が回らず咄嗟にそれを受け取ると、エレノアよりも随分と年上に見えるその金髪の男性は微笑んでエレノアとさらに距離を縮めた。
「お一人なら、私とゆっくり話をしませんか?魅力的なあなたとぜひ話がしてみたい」
そう言って、男性はゆっくりとエレノアの背中に手を回し、静かに手を動かす。その手は、背中から腰へ、さらに少しずつ下へ降りていくのがわかった。
(ひっ!気持ち悪い!)
ゾワっとした悪寒が背筋を走る。一刻も早くこの場から立ち去りたい。だが、エレノアは体が硬直して動けない。血の気が引いて何もできないでいるのだ。エレノアが動けないことをいいことに、男性の手がお尻まで降りてきたその時。
「失礼、その御令嬢はどうやら具合が悪いようですよ。手を離してあげてください」
突然低い良い声がして、エレノアのお尻に伸びていた手を誰かが掴んでいる。エレノアが驚いて振り返ると、そこには見知らぬ仮面の男性がいた。ふわりとした黒髪に、仮面の下からはルビー色の瞳が見える。
「なっ、邪魔をするつもりか?横取りするつもりだろう」
「横取りだなんて、本当に彼女は具合が悪いんですよ、ほら。顔が青ざめている。そんな御令嬢を無理やり誘うのは、この会場ではマナー違反のはずです。主催者に報告しましょうか」
黒髪の男性に言われた金髪の男性は、チッと舌打ちをしてエレノアたちから離れていった。
(た、助かった……)
バクバクと鳴り響く心臓がうるさい。エレノアが口をハクハクさせていると、黒髪の男性が静かに声をかけた。
「大丈夫ですか?バルコニーに出ましょう、風に当たった方がいい」
「す、すみません」
バルコニーに出ると、心地よい風が頬をかすめていく。ほうっと息を吐くとエレノアは隣にいる男性を見る。
「先ほどは、ありがとうございました。本当に助かりました」
「いえ、どう見ても嫌がっているようにしか思えなかったので。でも、どうしてこんな所へ?その様子だと、本気で夜の相手を探しているようには見えませんが」
「……私、失恋したんです。幼馴染で、兄妹のようにずっとそばで一緒に過ごしてきた相手に、妹のようにしか見えないって、他の御令嬢を抱きしめながらはっきり言われたんです。それで、ヤケを起こしてここに来てみたんですけど……来るべきじゃなかったって、本気で思いました。馬鹿ですよね」
フフッとエレノアが寂しげに笑うと、黒髪の男性は無言でエレノアを見つめる。
「……そうでしたか。俺もついこの間、幼馴染にふられました。良い相手ができていたみたいで、俺のことは兄としか思っていなかったみたいです。似ていますね」
悲しげに、黒髪の男性はつぶやいた。エレノアは驚いて男性を見上げると、男性は宙をぼんやりと見つめている。きっとその令嬢のことを考えているのだろう。まるで自分を見ているようでエレノアは辛くなった。
「もう、帰ります。本当にご迷惑をおかけしてすみません。ありがとうございました」
そう言って、エレノアはふと手元にあるグラスに気づいた。シュワシュワと金色の液体に泡がキラキラと輝いて浮かんでいく。
(高そうなお酒。勿体無い、これくらいならきっと酔わないわ、飲んでしまおう)
そう思って、エレノアはグイッと一気にグラスを開けた。それを見た黒髪の男性は慌てて声を上げる。
「それは……!」
「お酒は弱くないので、これくらい大丈夫です。本当にありがとうございま……あれ?」
急に頭がくらくらする。目の前がふわふわとして段々歪んで、そのままエレノアは倒れ込みそうになるが、既のところで男性が受け止める。エレノアを受け止めた男性は、小さくため息をついた。



