だから私は、世界滅亡に青春を捧げた

 ――八月三日    三年一組 宮園 一花

「珍しく家で一緒に映画観ようって誘ってきたと思えばゾンビ映画? 一花こういうの好きなの?」
「好きじゃない。他の映画は一人で観たんだけど、ゾンビものは怖いから一緒に観てもらおうと思って」
「だったら観なくてもいいんじゃない?」
「それはだめ。やることリストに書いてあったから」
「お兄のやつ? そんな律儀にやらなくてもいいでしょ。しかも私を巻き込んで」

 文句を言いながらも藍は私のクッションを抱え、胡坐をかいて座る。なんやかんや付き合ってくれる優しい親友だ。私も隣に座り、映画を再生した。出だしから不穏な雰囲気で、こういうのが苦手な私は心臓がもつか不安だ。気を紛らわせるために藍に話かけてみる。

「藍はさ、夏休み入ってからなにしてたの?」
「普通に受験勉強だけど。一花は夏休み入ってからずっと引きこもって映画観てるの?」
「映画は観てるけど、引きこもってるってほどじゃないよ。この前遊園地行ったし」
「遊園地? だれと?」
「一人で」
「ひとりぃ?! 猛者だな」

 本当は一年の夏、先輩と行くはずだった。行こうと思えばすぐにでも行けたけれど、なかなか行くことができなかった。一人が嫌だとかそんなんじゃない。きっと、先輩のことを想って泣いてしまう。ここに先輩がいてくれたら。そんなことばかり考えてしまう。後ろ向きになるのが怖かった。でも、もう時間がない。私はあと半年で先輩がやり残したことをやらなければいけないのだから。だから、行かなければいけなかった。

 藍は少し呆れた様子でポテトチップスに手を伸ばす。私はオレンジジュースを一口飲んだ。

「それも、リストに書いてある一つなの。行ったらカップルばっかりでなんか虚しくなったよ」
「そりゃそうでしょうよ。遊園地に一人で行く女子高生なんていないよ」
「藍は受験生だしあんまり誘うのも悪いかなって。映画に付き合ってもらうのは決めてたから」

 あんたも受験生でしょうよ、という藍はの言葉は聞き流し、私は机に置かれたノートに目を向ける。
 プロットノート、そこに挟んである『やることリスト』。
 二年前、先輩が亡くなって藍と出会ったあの日から、ずっと続けている。
 その一つがゾンビ映画を観ることだった。他にも、SF、恋愛、余命ものとたくさんの映画を観た。もちろん小説もたくさん読んだ。

「あとさ、明日から高知に行くから」
「高知? また遠いとこに」
「本当は南アフリカのフレデフォート・ドームに行きたかったんだけどやっぱり無理だった」
「ちょっと何言ってるかわかんないわ」

 フレデフォート・ドームとは世界最大の隕石衝突によるクレーターだ。リストにはそこに行って、この目でどんなものか見たいと書かれてあった。私は当時、本気で行くつもりだった。一年生の夏からバイトを始めて旅費も貯めた。でも、現実的に考えて高校生の私がそんなところへ一人で行くなんて無理だった。飛行機を乗り継いで南アフリカのヨハネスブルグまで行き、そこからバスで近くの町へ行く。そしてクレーターまでは徒歩で行かなければいけない。現地で宿泊しなければいけないし、なにより治安も悪い。バイト代が貯まったころ親に行きたいと言ったら絶対にだめだと言われた。どうしてだめか、一晩中懇々と説明された。同時に私のことを心配していることもわかり、そこで南アフリカ行きは諦めた。

 調べてみると、実証されているわけではないらしいが、日本にも隕石が落下してできたクレーターがあるらしい。それが高知にある。そしてもう一つ、太平洋の水平線から昇る日の出を見られる場所がある。これが、高知へ行く決め手だった。
 旅費は南アフリカに行くために貯めたお金がある。何時のバスに乗り、どこに着いてどこに行くか、日程表を細かく作り、母に見せて行かせてくれと言ったらあっさり了承してくれた。南アフリカよりは随分と近くなったと思ったのかもしれない。

「帰ってきたら、次はたぶん引きこもると思う」
「ついに始めるの?」
「うん。これでリストに書いてあること全部やり終えるから。本当はフレデフォート・ドームにいきたかったけど」
「それはもういいでしょ。お兄が生きてたって絶対に行ってないよ」

 結局、映画が終わるまでずっと藍と話していた。ちゃんとした内容は入ってこなかったけれど、雰囲気は掴めた。あとはこの目に壮大な景色を焼き付けてくるだけ。私は、先輩の感じたかったものを感じられるだろうか。

「高知、気を付けて行ってきなよ」
「ありがとう。お土産買ってくるね」
「うん。じゃあ次会うときは夏休み明けか。あんまり根を詰めすぎないようにね」

 藍はいつも私のことを心配してくれている。先輩が亡くなって、落ち込んでどうしようもなくなった私を支えてくれた。お兄さんを亡くした藍のほうがつらかったはずなのに。
 
 私の高校生活は全て小説に捧げている。
 先輩が書こうとしていたこの小説を書きあげるために。
 私は先輩のプロットノートを開く。

 タイトル『終わりゆくこの美しき世界で』
 世界滅亡を目前に繰り広げられる高校生男女の物語

 〇宇宙人により地球が侵略される
 〇謎の病原体により感染者はゾンビになる
 感染経路は不明
 〇巨大隕石が地球にぶつかる
 〇太陽の膨張により地球温暖化が急激に進み数年後陸がなくなる
 その後地球は太陽に吸収される

『やることリスト』
 映画を観る
 小説を読む 
 ジャンル SF 恋愛 青春 ファンタジー 医療 その他気になったもの
 散歩をする
 目についたものを書き留めておく
 南アフリカのフレデフォート・ドームに行ってクレーターを見る
 高校生幼馴染カップルに話を聞く
 遊園地に行く
 水平線から昇る朝日を見る

 三年生になる前の春休み、南アフリカに行くことを諦めた。だからバイトも辞めた。三年生になってからは部室に閉じこもって、小説を読んで、プロット練った。
 本当は私一人になった文芸部は廃部にする話がでていて、何度か先生が部室に訪ねてきたらしいけど、私の鬼気迫る表情で本を読む姿を見てそっとしておくことに決めたらしい。これは藍から聞いた話だ。そういえば、一年のときやたら先生が部室を覗いてきてたなと思ったらそういうことだった。
 家に帰ればそれなりに勉強もした。一応受験生だ。親に小言を言われて執筆が出来なくなる前に先手を打っておかなければと。だから成績もそれなりにいい。
 そして迎えた最後の夏休み。
 取材はもう少しで終わる。先輩が書きたかったものも少しずつわかってきた。
 でも私は、これで本当に先輩が書こうとしていたものを書くことができるのだろうか。
 私がやってきたことは正しかったのだろうか。そんな不安はずっと拭えないでいる。
 それでも私はやらなければいけない。これは、私自身が前に進むために必要なことだから。

 明日、私は高知へ行く――。