「氷室さん?」

ロビーに下りてエントランスに向かう弦を、いつぞやのように長谷部が呼び止めた。

「お帰りですか?」
「ええ。今夜は雪村だけ泊まります。よろしくお願いします」

お辞儀をすると、長谷部のため息が聞こえてきて弦は顔を上げる。

「クリスマスイブですよ?そんな夜に彼女を一人にするなんて……。いくら何でも酷すぎます。いいんですか?彼女が他の男に取られても」

いつもの温和な長谷部とは違う。
一人の男としての顔を見せる長谷部に、弦は真剣に口を開いた。

「私の気持ちは彼女に伝えています」
「……それなのにクリスマスイブを一人で過ごさせるんですか?彼女がどんなに寂しい思いをするか、考えたら分かるでしょう?私は耐えられません。あなたがこのまま帰ると言うのなら、私が彼女に想いを伝えてそばにいます」

弦はハッと目を見開く。
長谷部は一歩弦に詰め寄ると、低い声で尋ねた。

「いいんですね、私が彼女を奪っても」

グッと拳を握りしめてから、弦は冷静に答えた。

「たとえあなたがめぐを奪っても、私は必ず奪い返します。めぐだけは、誰にも譲らない。絶対に」

きっぱり言い切ると長谷部に背を向け、弦は足早にホテルをあとにした。