「わあ、美味しそう!」

定時を過ぎて再びホテルを訪れた二人は、バンケットルームに用意されていた料理に目を輝かせる。
白いクロスが掛けられた丸テーブルに所狭しと並べられたお皿には、少量ずつ前菜やオードブルが盛り付けられていた。
矢田が椅子を引いて二人を席に促す。

「こちらが全てではないのですが、今年から新たなメニューに加える予定の品々です。どうぞご賞味ください」
「はい、いただきます」

ブイヤベースやカルパッチョ、キッシュやカナッペやピンチョス、ブルスケッタやアヒージョなど、少しずつ色んな種類を試食していく。

「んー、どれも美味しいです」
「それは良かった。あとは定番ですが、パスタやスープやサラダ、ローストビーフ、チーズフォンデュ、スペアリブなどもご用意いたします。もちろんデザートも」
「楽しみです。ホテルのオリジナルスペアリブ、私大好きなんです」
「ありがとうございます。今、お持ちしましょうか?」
「えっ、そんな。どうぞお気遣いなく」
「いえいえ、少々お待ちください」

矢田がうやうやしく頭を下げてその場を離れると、めぐは声を潜めて弦に話しかけた。

「なんか図々しかったかな?」
「いや、そんなことないけど。でもまあ、あんなに目を輝かせて言われたらなあ」
「え?私、そんなだった?」
「ああ。スペアリブって矢田さんが言った瞬間、キラーン!って感じ」
「ほんとに?でも大好きなんだもん、ここのスペアリブ」
「確かに美味しいもんな」

そんなことを話していると、矢田がトレイにお皿を載せて戻って来た。

「お待たせいたしました。スペアリブでございます」
「ありがとうございます。すみません、お気遣いいただいて」
「いいえ。雪村さんは本当に美味しそうに食べてくださるので、私も嬉しいです」
「それはこちらのお料理が美味しいからでして……」

気恥ずかしさに取り繕うめぐに、矢田は紳士的な笑顔を浮かべる。

「ありがとうございます。シェフにも伝えます」
「はい。とても美味しいですと、よろしくお伝えください」

食後のデザートプレートも、ケーキが3種類にジェラートとフルーツが添えられていて、めぐはまた目を輝かせながら味わった。

「はあ、美味しかった。当日は幹事の仕事でバタバタするだろうから、その分今夜たくさん食べさせてもらえて良かったね」

コーヒーを飲みながらそんなことを話していると、矢田が長谷部を連れて戻って来た。

「雪村さん、氷室さん、ご無沙汰しております」
「長谷部さん!こんばんは。今夜はお気遣いいただいてありがとうございました」
「いいえ、幹事お疲れ様です。忘年会の詳しいお話をさせていただいても構いませんか?」
「はい、よろしくお願いします」

長谷部と矢田も座り、4人で資料を見ながら相談していく。

「では日程は12月20日の19時から22時まで。お料理もご試食いただいた内容でよろしいでしょうか?」

矢田の言葉にめぐと弦は頷いた。

「はい、大丈夫です。それとご相談なのですが。今年は例年通りのお支払い額では厳しいですよね?会費を増額しようかと迷っております」

弦がそう切り出すと、長谷部が口を開いた。

「確かに今年からは、お料理のランクを落とさず例年通りの額で、というのが難しくなっております。かと言って社員の皆様の会費を増額するのも心苦しく。これは私からのご提案なのですが、景品の予算を減らしてみてはいかがでしょう?その分、ホテルからこちらを提供させていただきます」

そう言ってスッとテーブルに封筒を差し出す。

「ホテルのペア宿泊チケットと、フレンチレストランのペアご招待チケットです。どちらも繁忙期を除く平日のご利用という制約はございますが、抽選会を盛り上げる一因としていただければ幸いです」

えっ!とめぐは驚いて顔を上げた。

「そんな、よろしいのでしょうか?ホテルの損失にはなりませんか?」

めぐの言葉に長谷部はふっと笑みを浮かべる。

「大丈夫ですよ。空室のままにするよりご利用いただいた方がこちらも嬉しいですし、ホテルの宣伝にもなりますから」

長谷部の隣で矢田も頷いている。
めぐは弦と顔を見合わせた。

「じゃあお言葉に甘えて、そうさせてもらう?」
「ああ、そうだな。長谷部さん、矢田さん、本当にありがとうございます」

二人で頭を下げる。

「いいえ、お役に立てるなら良かったです。当日も精一杯おもてなしいたします」
「はい、どうぞよろしくお願いいたします」

4人で和やかに打ち合わせを終えた。