「長谷部さん!雪村さんの荷物を持って来ました。私も病院までつき添います」

ちょうどホテルから出て来た長谷部に会い、環奈も車の後部座席に乗り込んだ。

「では病院に向かいますね」
「はい、お願いします」

走り出した車内で、環奈はめぐに声をかける。

「雪村さん、痛みはどうですか?」
「うん、ちょっと強くなってるかな。でも大丈夫だよ。ありがとね、環奈ちゃん」
「いいえ。ホテルに長谷部さんがいてくださって良かったです。いてくれなかったら、どうしようかと思って……」

そう言うと環奈はポロポロと涙をこぼし始めた。

「えっ、環奈ちゃん?どうしたの?」

めぐが身体をひねって環奈を振り返る。

「ごめんなさい。私、雪村さんの気持ちを思うと辛くて。関係ないのに泣いたりして、本当にごめんなさい」
「ううん、そんなことない。ごめんね、私のせいで環奈ちゃんまで悲しませて」
「違います!雪村さんは何も悪くないです。それなのにどうしてこんなに傷つかなきゃいけないの?」
「……環奈ちゃん、何かあった?」

静かに尋ねるめぐに、環奈は少しためらってから話し出した。

「雪村さんを振ったのは氷室さんなのに、雪村さんの方が氷室さんに気を遣って離れようとしているのが辛くて。さっきも……。雪村さんが足を怪我したから病院で診てもらいますって課長に話してたら、俺も行くって氷室さんが。だから私つい、中途半端に彼氏に戻らないでくださいって言っちゃって……」
「……そうだったの。あのね、環奈ちゃん。ずっと環奈ちゃんに謝らなきゃと思ってたことがあるの。私と氷室くんはつき合ってなかった。恋人同士のフリをしていただけなの」

えっ!と環奈が驚いて顔を上げる。

「フリ、ですか?」
「そう、その方がお互い都合が良くてね。どちらかに好きな人が出来るまではつき合ってることにしようって」
「あ、お二人ともモテて色んな人に声かけられますもんね。確かにそうすれば周りを牽制出来ますし。あ!そしたら私、氷室さんに酷いことを……」

途端に環奈はまた涙ぐみ始めた。

「ううん、環奈ちゃんは悪くないよ。私がきちんと事情を話さなかったのがいけないの。ずっと黙っててごめんね、環奈ちゃん」
「いいえ。でもこれからは何でも話してほしいです。私、雪村さんの力になりたいので」
「ありがとう。うん、これからは環奈ちゃんに色々相談させてね」
「はい!」

やがて長谷部の運転する車は病院に到着した。

「私、受付して車椅子借りて来ますね」

そう言って環奈はタタッと病院の入り口を入って行った。

「雪村さん、すみません。さっきのお話、私も聞いてしまいまして……」

二人残された車内で、バツが悪そうに長谷部がめぐに声をかける。

「もちろん構わないですよ。長谷部さんも、私が氷室くんとつき合ってると思ってらしたんですよね?その誤解は解きたかったので」
「そうでしたか。でも雪村さんは恋人同士のフリをやめることになって、あんなにも落ち込んでました。それはやっぱり、氷室さんへの気持ちがあったからですか?」
「それは……、自分でもよく分かりません。ずっと氷室くんに頼り切っていたのは事実です。何でも話せる親友みたいな関係でしたから。その存在を失くして、寂しかったのだと思います」
「そうですか。あなたにとって氷室さんは大きな支えだったのですね。でも雪村さん。これからは私を頼ってください。必ずあなたを支えますから」
「ありがとうございます。既に今こうして助けていただいてます」
「それなら良かったです」

思わず二人で微笑み合った。