「雪村さん、実はお話ししたいことがあるんです。車の中で聞いていただけないでしょうか?」
「え?はい、分かりました」
ホテルの裏手にある駐車場に行くと、長谷部は従業員用のスペースに停まっていた白いセダンのドアを開ける。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
めぐが助手席に乗り込むと、長谷部は静かにドアを閉めてから運転席に回った。
「運転しながらお話ししますね。雪村さん、ご自宅はどの辺りですか?」
「えっとここから3つ西隣の駅が最寄りです」
「あ、私と方角同じですね。じゃあそちらに向かいます。シートベルト締めてください」
「はい」
花束を片手に持ち替えて、めぐはシートベルトを締めた。
長谷部はゆっくりと車を走らせる。
性格の表れだろうか、丁寧に慎重に運転する長谷部に、めぐはそっと隣から様子をうかがった。
「ん?どうかしましたか?」
「いえ、あの。長谷部さんって運転もジェントルマンだなと思って」
「え?ははは!そんなこと初めて言われました」
「とっても優しい運転ですよね。彼女さんには言われませんか?」
「あれ?彼女いるように見えましたか?もしいたら、あなたにバラの花束を贈ったりはしませんよ」
言われてめぐは、それはそうだと頷く。
「そうですよね、失礼しました」
「いえ。それより今回25本のバラをあなたに贈りましたが、本当は7本贈りたかったんですよ」
「7本、ですか?それにも意味が?」
「そうです」
「えっと、検索してもいいですか?」
長谷部はクスッと笑ってから、めぐをチラリと横目で見た。
「だめです」
「えー、知りたいです」
「あとで教えますから、検索はしないでください」
「教えていただけるんですね?それなら検索しないでお待ちしています」
「ははっ!はい、少々お待ちください」
楽しそうな長谷部につられて、めぐも思わず頬を緩める。
やがてめぐの最寄駅が近づいた。
「雪村さん、私が信用ならなければ駅で降ろしますが、ご迷惑でなければご自宅までお送りします」
「ふふっ、では自宅までお願いします」
「はい。どちらまで参りましょう?」
「そこの信号を左に曲がって直進してください」
「かしこまりました」
どこまでも紳士的な口調のまま、長谷部はめぐの自宅マンションまで運転する。
「このマンションです」
めぐが指差すと、長谷部はロータリーに車を停めた。
「長谷部さん、本当にありがとうございました。あの、お支払いを……」
「雪村さん、それについてはもう忘れてください。代わりに私の話を聞いてくれますか?」
「え、はい」
めぐは居住まいを正して長谷部に向き直る。
「まず、赤いバラの本数の意味からお伝えします。7本贈るのは『ずっとあなたが好きでした』という意味です」
「え……?」
「私のあなたへの気持ちそのものです。雪村さん、私は初めてお会いした時からずっとあなたが好きでした。けれどその時あなたは氷室さんとつき合っていましたよね?幸せそうなあなたの笑顔を見て、氷室さんから奪うことはしたくなかった。あなたが幸せならそれでいい、本気でそう思い自分の気持ちをしまい込んでいました」
真剣な目で真っ直ぐに見つめられ、めぐは言葉が出て来ない。
「そんなあなたが夕べ涙を流すのを見て、私は胸が締めつけられました。あなたにはいつも笑顔でいてほしい。氷室さんと別れた辛さを抱えたあなたは、今はまだ氷室さんの事しか考えられないと思います。だけど雪村さん、どうか忘れないでください。私があなたを守りたいと思っていることを。少しずつ氷室さんから心が離れたら、私のことを思い出してください。私はずっと、いつまででも待ちます。あなたが私に目を向けてくれるのを。そしてその時は改めて気持ちを伝えさせてください。7本の赤いバラと一緒に」
そう言うと長谷部は運転席のドアを開けて車を降り、助手席のドアを外から開けた。
「どうぞ」
差し出された手を借りて、めぐも車を降りる。
向かい合うと、うつむいたままのめぐに長谷部は笑いかけた。
「雪村さん、そんな困った顔しないで。泣きたくなったらいつでも会いに来てください。氷室さんへの未練の言葉でも、何でも聞きますから。どんなあなたでも、私は今のあなたを受け止めます」
「……長谷部さん」
「今は私のことなんて、微塵も考えられないでしょう?それでいいんです。まずはゆっくり休んで美味しいものでも食べて、元気になってくださいね」
「はい、ありがとうございます」
「それじゃあ、おやすみなさい」
「おやすみなさい。送ってくださってありがとうございました」
めぐは頭を下げてからマンションのエントランスに入る。
振り返ると、長谷部はその場に佇んだまま優しく笑って手を振った。
「え?はい、分かりました」
ホテルの裏手にある駐車場に行くと、長谷部は従業員用のスペースに停まっていた白いセダンのドアを開ける。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
めぐが助手席に乗り込むと、長谷部は静かにドアを閉めてから運転席に回った。
「運転しながらお話ししますね。雪村さん、ご自宅はどの辺りですか?」
「えっとここから3つ西隣の駅が最寄りです」
「あ、私と方角同じですね。じゃあそちらに向かいます。シートベルト締めてください」
「はい」
花束を片手に持ち替えて、めぐはシートベルトを締めた。
長谷部はゆっくりと車を走らせる。
性格の表れだろうか、丁寧に慎重に運転する長谷部に、めぐはそっと隣から様子をうかがった。
「ん?どうかしましたか?」
「いえ、あの。長谷部さんって運転もジェントルマンだなと思って」
「え?ははは!そんなこと初めて言われました」
「とっても優しい運転ですよね。彼女さんには言われませんか?」
「あれ?彼女いるように見えましたか?もしいたら、あなたにバラの花束を贈ったりはしませんよ」
言われてめぐは、それはそうだと頷く。
「そうですよね、失礼しました」
「いえ。それより今回25本のバラをあなたに贈りましたが、本当は7本贈りたかったんですよ」
「7本、ですか?それにも意味が?」
「そうです」
「えっと、検索してもいいですか?」
長谷部はクスッと笑ってから、めぐをチラリと横目で見た。
「だめです」
「えー、知りたいです」
「あとで教えますから、検索はしないでください」
「教えていただけるんですね?それなら検索しないでお待ちしています」
「ははっ!はい、少々お待ちください」
楽しそうな長谷部につられて、めぐも思わず頬を緩める。
やがてめぐの最寄駅が近づいた。
「雪村さん、私が信用ならなければ駅で降ろしますが、ご迷惑でなければご自宅までお送りします」
「ふふっ、では自宅までお願いします」
「はい。どちらまで参りましょう?」
「そこの信号を左に曲がって直進してください」
「かしこまりました」
どこまでも紳士的な口調のまま、長谷部はめぐの自宅マンションまで運転する。
「このマンションです」
めぐが指差すと、長谷部はロータリーに車を停めた。
「長谷部さん、本当にありがとうございました。あの、お支払いを……」
「雪村さん、それについてはもう忘れてください。代わりに私の話を聞いてくれますか?」
「え、はい」
めぐは居住まいを正して長谷部に向き直る。
「まず、赤いバラの本数の意味からお伝えします。7本贈るのは『ずっとあなたが好きでした』という意味です」
「え……?」
「私のあなたへの気持ちそのものです。雪村さん、私は初めてお会いした時からずっとあなたが好きでした。けれどその時あなたは氷室さんとつき合っていましたよね?幸せそうなあなたの笑顔を見て、氷室さんから奪うことはしたくなかった。あなたが幸せならそれでいい、本気でそう思い自分の気持ちをしまい込んでいました」
真剣な目で真っ直ぐに見つめられ、めぐは言葉が出て来ない。
「そんなあなたが夕べ涙を流すのを見て、私は胸が締めつけられました。あなたにはいつも笑顔でいてほしい。氷室さんと別れた辛さを抱えたあなたは、今はまだ氷室さんの事しか考えられないと思います。だけど雪村さん、どうか忘れないでください。私があなたを守りたいと思っていることを。少しずつ氷室さんから心が離れたら、私のことを思い出してください。私はずっと、いつまででも待ちます。あなたが私に目を向けてくれるのを。そしてその時は改めて気持ちを伝えさせてください。7本の赤いバラと一緒に」
そう言うと長谷部は運転席のドアを開けて車を降り、助手席のドアを外から開けた。
「どうぞ」
差し出された手を借りて、めぐも車を降りる。
向かい合うと、うつむいたままのめぐに長谷部は笑いかけた。
「雪村さん、そんな困った顔しないで。泣きたくなったらいつでも会いに来てください。氷室さんへの未練の言葉でも、何でも聞きますから。どんなあなたでも、私は今のあなたを受け止めます」
「……長谷部さん」
「今は私のことなんて、微塵も考えられないでしょう?それでいいんです。まずはゆっくり休んで美味しいものでも食べて、元気になってくださいね」
「はい、ありがとうございます」
「それじゃあ、おやすみなさい」
「おやすみなさい。送ってくださってありがとうございました」
めぐは頭を下げてからマンションのエントランスに入る。
振り返ると、長谷部はその場に佇んだまま優しく笑って手を振った。



