「雪村さん、お疲れ様です。お部屋までご案内しますね」
勤務を終えて事務所を出ると、めぐはその足でホテルに向かった。
フロントで待っていた長谷部が、笑顔でめぐを客室へと案内する。
「こちらのお部屋です、どうぞ」
「ありがとうございます。わあ、ランタンが正面に見えますね」
「今夜は特に数も多くて綺麗です。ごゆっくりご覧ください。それからこちらも、もしよろしければ」
そう言って長谷部は、テーブルの上のプレートに被せてあったカバーを取った。
美しく盛り付けられたオードブルやデザートが並んでいる。
「えっ、これを私に?」
「はい、あとはシャンパンも。今お注ぎしますね。雪村さん、ソファにどうぞ」
めぐがソファに座ると、長谷部は白いナフキンを手に、慣れた様子でスマートにシャンパンを空けてグラスに注ぐ。
「どうぞ。お口に合えばいいのですが」
「ありがとうございます」
ひと口飲んでから「美味しい」とめぐはうっとり呟いた。
「長谷部さん」
「はい、なんでしょう?」
「初めてお会いした日におっしゃってましたよね。『たったひと晩だとしても、私達ホテルマンはお客様の人生に寄り添いたいと思っています』って。私、長谷部さんのその気持ちを今しみじみと感じています」
うつむいてそう言ってから、めぐは顔を上げて長谷部に笑いかけた。
「このひと晩はきっと私の心を救ってくれる。私にとって、忘れられない夜になると思います。長谷部さん、ありがとうございました」
儚げなめぐの笑顔に、長谷部は思わず息を呑む。
胸が苦しくなるほど美しく、切ないめぐの表情。
本当は今、思い切り泣きたいのではないだろうか?
それを必死に堪えて笑ってみせるめぐの辛さはいかばかりかと、長谷部は心が痛んだ。
(このまま自分が立ち去れば、彼女は一人泣き崩れてしまうかもしれない。声を上げてひと晩中涙するのかもしれない。それは、氷室さんと別れた辛さから?失恋を胸に抱えて、一人寂しく眠れない夜を過ごさなくてはいけないのか)
そう思うと、この場を去るのを躊躇した。
「雪村さん」
「はい」
「今夜、私はずっとフロントにおります。何かあれば真夜中でもご連絡ください」
めぐはじっと長谷部を見つめたあと、柔らかい笑顔をみせた。
「ありがとうございます、心強いです。長谷部さん、夜勤大変でしょうけどお身体大切になさってくださいね」
こんな時に他人の心配などしなくてもいいのに、と長谷部はもどかしくなる。
(自分に出来ることはないのだろうか。少しでも彼女の心を癒やしたい)
思案しながら口を開く。
「雪村さん、お食事が終わる頃に食器を下げに参りますね。何か他にご入用のものはありますか?」
「いいえ、大丈夫です」
「かしこまりました。では1時間後にまた立ち寄らせていただきます」
「はい、ありがとうございます」
にこやかに笑って、長谷部は一度部屋を出る。
何か自分に出来ることはないか、と必死に考えを巡らせながらフロントに戻った。
勤務を終えて事務所を出ると、めぐはその足でホテルに向かった。
フロントで待っていた長谷部が、笑顔でめぐを客室へと案内する。
「こちらのお部屋です、どうぞ」
「ありがとうございます。わあ、ランタンが正面に見えますね」
「今夜は特に数も多くて綺麗です。ごゆっくりご覧ください。それからこちらも、もしよろしければ」
そう言って長谷部は、テーブルの上のプレートに被せてあったカバーを取った。
美しく盛り付けられたオードブルやデザートが並んでいる。
「えっ、これを私に?」
「はい、あとはシャンパンも。今お注ぎしますね。雪村さん、ソファにどうぞ」
めぐがソファに座ると、長谷部は白いナフキンを手に、慣れた様子でスマートにシャンパンを空けてグラスに注ぐ。
「どうぞ。お口に合えばいいのですが」
「ありがとうございます」
ひと口飲んでから「美味しい」とめぐはうっとり呟いた。
「長谷部さん」
「はい、なんでしょう?」
「初めてお会いした日におっしゃってましたよね。『たったひと晩だとしても、私達ホテルマンはお客様の人生に寄り添いたいと思っています』って。私、長谷部さんのその気持ちを今しみじみと感じています」
うつむいてそう言ってから、めぐは顔を上げて長谷部に笑いかけた。
「このひと晩はきっと私の心を救ってくれる。私にとって、忘れられない夜になると思います。長谷部さん、ありがとうございました」
儚げなめぐの笑顔に、長谷部は思わず息を呑む。
胸が苦しくなるほど美しく、切ないめぐの表情。
本当は今、思い切り泣きたいのではないだろうか?
それを必死に堪えて笑ってみせるめぐの辛さはいかばかりかと、長谷部は心が痛んだ。
(このまま自分が立ち去れば、彼女は一人泣き崩れてしまうかもしれない。声を上げてひと晩中涙するのかもしれない。それは、氷室さんと別れた辛さから?失恋を胸に抱えて、一人寂しく眠れない夜を過ごさなくてはいけないのか)
そう思うと、この場を去るのを躊躇した。
「雪村さん」
「はい」
「今夜、私はずっとフロントにおります。何かあれば真夜中でもご連絡ください」
めぐはじっと長谷部を見つめたあと、柔らかい笑顔をみせた。
「ありがとうございます、心強いです。長谷部さん、夜勤大変でしょうけどお身体大切になさってくださいね」
こんな時に他人の心配などしなくてもいいのに、と長谷部はもどかしくなる。
(自分に出来ることはないのだろうか。少しでも彼女の心を癒やしたい)
思案しながら口を開く。
「雪村さん、お食事が終わる頃に食器を下げに参りますね。何か他にご入用のものはありますか?」
「いいえ、大丈夫です」
「かしこまりました。では1時間後にまた立ち寄らせていただきます」
「はい、ありがとうございます」
にこやかに笑って、長谷部は一度部屋を出る。
何か自分に出来ることはないか、と必死に考えを巡らせながらフロントに戻った。



