「氷室くーん。ほーら、シャンパンまだまだあるわよ。召し上がれー」

二人の戦いは、午前0時を過ぎても決着がつかなかった。

「酔いつぶれさせようって魂胆だな。その手には乗らん。ほら、めぐ。ソファ座りなよ。ふかふかで気持ちいいぞ」
「ソファに座ったくらいで寝るもんですか」

ふん!と鼻息荒く、めぐはソファに座る。
窓の外に目をやり、ランタンを眺めながら急にポツリと呟いた。

「氷室くんのお誕生日をお祝いするのは、今年で最後かもね」

え?と弦は聞き返す。

「だってきっと来年には、氷室くんに彼女が出来てるよ」
「どうかな?今も出来る気配はないぞ」
「きっと出来てるよ。気になる子がいたらすぐに教えてね。『恋人同盟』解消するから」
「それはめぐもだぞ?」
「ふふっ、私より先に氷室くんに好きな子が出来るって」
「またどっちが先かの戦いかよ。それに関しては俺の負けだ」
「分かんないよ?あっさり私が負けるかも」

この話の流れは堂々巡りになるのが目に見えている。
弦は会話を切り上げると、眠気覚ましにコーヒーでも飲むことにした。
ドリップ式のコーヒーにゆっくりとお湯を注ぎ、時間をかけてカップ二つに入れた。

「めぐも飲むか?コーヒー」

振り返った弦は言葉を止める。
ソファの背にもたれて、めぐがスーッと眠っていた。

(よっしゃ、俺の勝ち!)

心の中でガッツポーズをすると、カップをテーブルに置いてそっとめぐの様子をうかがう。
気持ち良さそうに寝入っていて、起きる気配もなかった。
弦はめぐを抱き上げるとベッドに運ぶ。
寝かせるとめぐは安心したように身体の力を抜いた、

ブランケットを掛けて照明を落とすと、弦はベッドに腰掛けた。

「俺の勝ちだからな、めぐ」

そう呟いて立ち上がろうとした。
だがめぐの寝顔を見ているうちに、目がそらせなくなる。
前髪から覗く形のいいおでことスッと高い鼻筋。
肌は透き通るように真っ白で、ふっくらと艶やかな唇はわずかに開いて色っぽい。

弦はそんなめぐを見つめて考える。
めぐはとにかく美人だが、何より自分とは性格が合う。
それに顔に似合わず無邪気で明るいめぐの一面もよく知っている。
なんでも美味しそうに食べ、子どものようにはしゃぎ、綺麗なランタンに感激して涙を浮かべる。
そんなめぐを知っているのは、恐らく自分だけだ。

(でもめぐに好きな人が出来たら?きっとその相手にも、めぐは気を許して色んな表情を見せるんだろうな)

めぐには素敵な恋愛をして幸せになって欲しい。
こんなにも魅力に溢れた女性なんだ。
恋人は必ずめぐを大切にしてくれる。
今にきっと、誰かいい人がめぐに告白するはず。

そこまで考えた時、弦は大きな思い違いに気づいてハッとする。
互いに好きな人が出来るまでと結んだ恋人同盟。
それこそが、めぐの恋を邪魔しているのだとようやく気づいた。

(俺とつき合っていると思われていては、めぐは誰にも声をかけられない)

しかもめぐがドレスモデルをした辺りから、自分の気持ちが妙にざわつくようになっていた。
彼氏のフリをしているうちに、無意識に本当の彼氏を気取るようになってしまったのかもしれない。
このままではだめだ。

(恋人同盟を、終わりにしよう)

弦は静かにそう決意した。