恋人同盟〜モテる二人のこじらせ恋愛事情〜【書籍化】

夏休みに入り、パークは連日たくさんのゲストで溢れ返っていた。
「世界遺産を巡る旅」などのイベントも盛況で、弦とめぐもマスコミの対応に追われる。

その日は一日中取材続きで、午前の雑誌のインタビューを終えると、すぐさま午後のテレビ中継のスケジュールを確認した。

「えっと、このあと13時からお昼のバラエティー番組の中継リハね。本番は14時と15時の2回に分けて、場所も移動するから」
「了解。昼飯早めに済ませておくか」
「そうだね」

制服を着たまま、二人で社員食堂に行く。

「めぐ、制服にご飯こぼすなよ」
「あ!確かに」

天津飯を食べようとしていためぐはレンゲを置き、ポケットからハンカチを取り出して胸元に掛けた。

「おい、お子様ランチじゃないんだから。普通、膝の上に載せるだろ」
「えー、だってさ。一番こぼしやすいのは胸の辺りじゃない?それにカメラにも映りやすいから、ここは死守せねば」

そう言って気にするふうもなく食べ始める。

「美味しい!このあとの仕事もがんばれそう」

髪型もメイクも綺麗に整えているのに、めぐは胸にハンカチを掛けたまま笑顔で頬張る。

「俺の知ってるめぐはこうなんだよな。気取ってなくてホッとする」
「ん?何か言った?」
「いや、何も。いいから早く食べろ」
「それは氷室くんでしょう?さっきからぼんやりしたり、ぶつぶつ呟いたり。なあに?悩み事でもあるの?あ!ちょっと待って。このあとの中継、最初はカナダエリアからよね?どうしよう!ウォーターフォール乗らされたら」
「ぶっ、悩みがあるのはめぐだろ?大丈夫、予定では下からの撮影になってたから。もし変更になったら俺だけ乗る」
「ほんと?ありがとう!なんだか今日は氷室くんがかっこ良く見えるよ」
「めぐ、それ褒めてないからな」

やれやれとため息をついてから、弦も食事の手を進めた。

13時になると、パーク関係者入り口にテレビクルーを迎えに行く。
40代くらいのディレクターとカメラマン、30代の男性リポーターと、アシスタントが3名の合計6名だった。
取材パスを警備員から受け取って配り、弦とめぐはパークの中へと案内する。

「ではまず、リポーターと一緒に立ち位置とトークの流れを確認させてください」
「はい」

ディレクターの指示で、弦はめぐと並んで決められた立ち位置に着いた。

「初めにパークの様子をぐるっと撮影してリポーターのセリフを被せます。10秒間ですね。そこからやってみましょう」

カメラの前にディレクターが手を差し出し、リポーターにキューの合図を出す。

「こんにちは!私は今『グレイスフル ワールド』に来ています。ご覧ください。ご家族連れやカップル、友人同士など、多くのお客様で賑わっています」

カメラマンが辺りをぐるりと撮影してから、正面に向き直った。
ディレクターが次のセリフの合図を出す。

「今日はここ『グレイスフル ワールド』の魅力を、パークのスタッフの方と一緒にたっぷりとお届けします。広報課の雪村さん、氷室さん、どうぞよろしくお願いします」

よろしくお願いいたします、と弦とめぐは同時に挨拶した。

「今私達は北米のカナダエリアにいるのですが、見てください!春にオープンしたアトラクション『ウォーターフォール』に長蛇の列が出来ています」

そこでディレクターが口を挟む。

「ここで10秒、並んでいるお客さんを映すからフリートークね。しゃべりながら滝の落下スポットに向かって歩き始めて」

はい、とリポーターが返事をしてから歩き出す。
弦とめぐもそれにならった。

「で、カメラが追いついて来たら次のセリフ。はい、どうぞ」

ディレクターの指示でリポーターはカメラに向かってセリフを言いながら歩く。

「おや、なんだかザーッという音が聞こえてきました。これはもしや……、もしかすると……、あ!見えました、あちらがナイアガラの滝です!」

大げさに声を張って指を差すリポーターに、大変だなあと弦は心の中で呟く。

(カメラを見ながら歩くのって危なすぎるな。こんなにゲストがたくさんいるのに、生中継で何かあったら困る)

そう思っている間にもカメラが滝を映し、リポーターが興奮気味に「見ているだけでも迫力満点です!」と大きな声で語っている。

「この『ウォーターフォール』はどういったアトラクションなんですか?」

マイクを向けられて弦が説明している間に、めぐだけが少し移動してテーブルや椅子が並ぶ飲食スペースに向かう。
そしてカメラが追いつくと、テーブルに並べられたメイプルシロップやメイプルクッキーなど、このエリアのおすすめのお土産や食べ歩きスナックを紹介することになっていた。

「はい、1回目の中継はこんな感じです。本番もよろしくお願いしまーす」

ディレクターの言葉に、弦とめぐはクルーをバックヤードの休憩室に案内する。
アシスタントの3人だけは、現場で様子を確認したいとその場に残った。

「よろしければどうぞ」

めぐがアイスコーヒーをグラスに入れて持って来ると、リポーターの男性は一気に飲み干した。

「あー、生き返りました」
「おかわり、お持ちしましょうか?」
「いえ、もう大丈夫です。それより雪村さんは、芸能事務所から派遣されて来たんですか?」

は?と、めぐは意図が分からずに首を傾げる。

「いえ、ここの正社員ですが……」
「そうなんだ。そりゃこんな美人なら、会社も即採用するよねー。広報課の顔出し要員としては最高だもん」

なんと答えていいのか戸惑う様子のめぐに、弦は目配せした。

「雪村さん、ちょっと」
「はい」

近づいて来ためぐを、弦は休憩室の外に促した。

「気にするな。めぐはここにいろ」
「うん、ありがとう」

寂しそうな笑顔を浮かべるめぐの顔を覗き込み、弦は力強く言い聞かせる。

「めぐ、お前がきちんと仕事に向き合ってるのは俺達社員はみんな知ってる。それを忘れるなよ?」
「氷室くん……」

うん!と、ようやくいつもの笑顔を浮かべるめぐに、弦も優しく頷いた。